ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンの幻影。
まるで肉体を削がれた、骨格だけになったベートーヴェン。
ジョン・アダムズの「アブソリュート・ジェスト」という標題の「冗談音楽」は、ミニマル風のパルスを基調にし、楽聖の交響曲や弦楽四重奏曲の断片を引用、時に骸骨の死の舞踏の如くに聴き紛うくらい死臭の漂う、それでいて妙に生命力溢れる明朗な作品。ここでのピーター・ウンジャンの指揮は自家薬籠中のもので、一切の弛緩なく音楽は縦に横に揺れ動き、聴衆を摩訶不思議な世界に誘い、翻弄した。それにしてもセント・ローレンス弦楽四重奏団による白熱した四重奏が、管弦楽以上に踊り狂い、弾ける様に、ベートーヴェンも草葉の陰からさぞかし驚き喜んで聴いていたことだろう。
「アブソリュート・ジェスト」を聴いて、先に披露された「エグモント」序曲の、実に輪郭のはっきりした、同時に音のメリハリの大きい演奏の意味がわかった。
死せるベートーヴェンをあの世から呼び起こすかのような冒頭の激しい一撃に、実は僕はとても驚いていた。だだっ広いNHKホール3階のいつもの指定席に陣取っていた僕の耳に飛び込んできたのは、想像以上に明確で劇的な和音。こうやって生を謳歌するベートーヴェンを直接的に表現することで、指揮者は、(死の影覆う)ジョン・アダムズの果敢な挑戦に火を付け、骨格だけになったベートーヴェンに少なくとも魂だけは紐づけておこうと狙ったのかも。終始嘲笑うかのような音調。何よりハープとヴィブラフォーンによる唐突な終止の妙。奇蹟だと僕は思った。
NHK交響楽団第1878回定期演奏会
2018年1月27日(土)18時開演
NHKホール
セント・ローレンス弦楽四重奏団
新国立劇場合唱団
伊藤亮太郎(コンサートマスター)
ピーター・ウンジャン指揮NHK交響楽団
・ベートーヴェン:劇音楽「エグモント」作品84~序曲(1809)
・ジョン・アダムズ:アブソリュート・ジェスト(2011)(日本初演)
休憩
・ホルスト:組曲「惑星」作品32(1914-16)
NHK交響楽団の各々の奏者の力量は群を抜く。金管も木管も、あるいは打楽器も、そしてもちろん弦楽器も一切の乱れなく、余裕で爆音を打ち鳴らし、また微かな音を趣き深く鳴らす。
「惑星」第1曲、一気呵成に突進する「戦争の神、火星」が何と美しく僕の耳に届いたことだろう。一方で、ギアを落とし、緩やかに、そして繊細に奏でられた第2曲「平和の神、金星」の神々しさ。第3曲「翼を持った使いの神、水星」も、有名な第4曲「快楽の神、木星」も果たして素晴らしかったが、最高というべきは終曲「神秘の神、海王星」の、文字通り神秘的な音楽。特に後半、舞台裏から洩れ聴こえる女声合唱のヴォカリーズと管弦楽の弱音の交錯、戯れに涙がこぼれそうになったくらい。
ピーター・ウンジャンは東京クヮルテットの2代目の第1ヴァイオリン奏者(1981-95)だったせいもあるのか、ベートーヴェンにせよホルストにせよ音楽の造形とメリハリがはっきりしているところが好印象。終演後の爆発的な拍手喝采から想像するに、多くの観客が今日の演奏にとても満足したことだろう。
それにしても、ジョン・アダムズの、反復されるスケルツォ風リズムが耳について離れない。
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