近江神宮参拝

100104_ohmi_shrine.jpg正月休みも明日が最終日。本日、例年通り天智天皇が祀られる「近江神宮」にお参り。破魔矢をいただいた後、宇治にある実妹宅で一服。のんびりとした休日を堪能・・・。

2010年は世間的にも「新たな」スタートの時期であり、それぞれが変化の年であるゆえ、一層身が引き締まる思いで仕事始めを迎えることになろう。

ところで、隣の部屋から鳴り響くグリンカ&バラキレフの「ひばり」やムソルグスキー「展覧会の絵」の『古城』を聴きながら、クラシック音楽については全く素人である父が演歌のメロディで聴いたことがあると言う。それに、演歌とクラシック音楽とは何がどう違うのかという漠然とした質問をされたが、どうも説得力のある答えができない。生まれ出た時代背景や場所、あるいはジャンルが違うから自ずと「何か」が違うのだろうが、いずれにせよ「音」を「楽しむ」行為であることには変わりないのだからあまり深く考え過ぎずに「好きだと思える」音楽にただただ浸るということでいいのだろう。あくまで感性の問題、理屈では説明不可能・・・。

prokofiev_vinocour.jpgそれにしてもいわゆるロシア民謡の哀愁感というのは日本人の感覚に極めて近いもの、通ずるものがあるのだろう。「ひばり」などそれほどメジャーではない楽音にも「これはいい!」と反応するわけだから不思議なものである。2月20日の愛知とし子コンサートがますます楽しみになった。

プロコフィエフ:ピアノ・トランスクリプション全集
レフ・ヴィノクール(ピアノ)

Arte Novaレーベルには魅力的な廉価盤が揃っている。膨大なカタログの中からプロコフィエフのトランスクリプション曲のすべてを収めたこの音盤を、僕は時折聴いては悦に入る。残念ながら実家にいる今、手元にCDを持ち合わせないため頭の中で想像するしかないのだが・・・。

さて、モードを「仕事」に切り替えて、いざ出陣。
今週末にはまた「ワークショップZERO」の開催である。楽しみだ。

2 COMMENTS

雅之

おはようございます。
確かに、ムソルグスキー「展覧会の絵」の『古城』などは、演歌と共通のムードがありますね。
三橋美智也が歌ってヒットした『古城』や
http://www.youtube.com/watch?v=Z9fMQR_2Xt8&feature=related
瀧廉太郎『荒城の月』が、ムソルグスキー『古城』と驚くほどイメージが似ているのは、これらの曲の作曲家に、共通のDNAが働いているのかも知れません。
都はるみの『北の宿から』が、ショパンのピアノ協奏曲第1番・第一楽章のピアノ独奏部冒頭と似ているのも有名ですが、東欧・ロシア音楽と日本の民謡や演歌の旋律の醸し出す空気は、本当に似たところがあると思います。
チャイコフスキーの交響曲第4番・第4楽章で、第二副主題に引用されたロシア民謡「白樺は野に立てり」(”Во поле берёза стояла”)
http://www.youtube.com/watch?v=SKC4M0dQ8AE
などもそうですが、やはり日本民謡や東洋民族音楽共通の5音音階というのが、親近感のベースなのでしょう。

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岡本 浩和

>雅之様
こんばんは、本夕東京に戻りました。
三橋美智也の「古城」というのは初めて耳にしましたが、「荒城の月」も含めて雰囲気は非常に近いですね。
「北の宿から」!!そうですそうです、ショパンのコンチェルトのメロディと似てますよね。
>やはり日本民謡や東洋民族音楽共通の5音音階というのが、親近感のベースなのでしょう。
なるほどそういうことなんですね。音楽の歴史についてもより幅広くそして深く勉強したくなってきます。

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