ベームの1975年来日ライブ@エアチェック・テープ

beethoven_2_7_bohm.jpg2ヶ月前にスピーカーやアンプなどの高級オーディオ装置一式をいただいたO氏ご夫妻が来宅。2時間ほど美味しいお茶とお土産にいただいたシフォンケーキを食しながら歓談。せっかくなので音を聴いていただこうと「何か見繕いましょうか?」と尋ねたところ、氏が徐にジャケットのポケットから一本のカセット・テープを取り出された。何と30数年前にNHK-FMでエアチェックしたというカール・ベーム指揮ウィーン・フィルの来日公演の実況録音とのこと。さすがに75年当時はまだまだ音楽に目覚めていなかったが、70年代終わり頃から僕自身も毎日のようにせっせとエアチェックをしていたものだからとても懐かしかった。久しぶりにカセット・テープを見たが、さてどんな音が出るのやら興味津々。いわゆる編集が施されていない生中継そのままの録音テープ。時間の関係でその全てを拝聴するのは適わなかったが、出てきた音を聴いてぶっ飛んだ。ともかく弦の音、管の音全てが鮮明に、かつ信じられないようなダイナミクスで勢い良くスピーカーから飛び出してくる。

ベートーヴェン:交響曲第4番変ロ長調作品60&第7番イ長調作品92
カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1975.3.16NHKホール生中継)
解説:大木正興、大町陽一郎

1980年、最後の来日時の第7番とは全く違った印象。若々しく、スピード感溢れるベートーヴェン。第1楽章冒頭の和音を聴いただけで、その気合いの入れようが手に取るようにわかる。全てのコンサート終了後にはFM放送らしく今は亡き大木正興氏らの対談解説が収録されており、それだけでも旧き良き時代を思い出し、懐かしい想いでいっぱいになる。1970年代半ばは、まだまだ海外有名オーケストラの来日公演などが珍しかった頃ゆえ、著名な音楽評論家などまでが狂喜乱舞する様がその声の弾みから容易に想像できる。終演後の観客の拍手喝采も然り。カール・ベームが最も充実し、日本で最も人気のあった頃の演奏は、かつてLPやCDでも発売され聴いた記憶はあるものの、これほどまでの鮮烈な印象を受けなかったというのはどういうことなのだろう?編集されていない、実演そのままの録音は、演奏行為の一回性を堪能できるという意味ではとても重要なことなのかもしれない。最近はラジオを全く聴かなくなったが、CD化されない「超名演」を聴ける機会があるのかもしれないと思うと、何だかチューナーやアンテナを整備して、あの頃の「ワクワク感」を取り戻したいと思ってしまう。

それにしても今回聴かせていただいたカセット・テープの音は生々しかった。何せ後から聴いたCDの音の方が音の鮮度では劣るくらい。嗚呼、かつて所有していたエアチェック・テープやLPを処分したことが本当に悔やまれる。音そのものも重要ながら、「思い出」という取り返すことのできないものもその中には記録されているわけだから。

ベートーヴェン:交響曲第2番ニ長調作品36&第7番イ長調作品92
カール・ベーム指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1980.10.6昭和女子大学人見記念講堂Live)

残念ながら、ベームの1975年の来日公演を収めたアルバムを所持していない。前述の録音を(たとえそれが編集作業後のものだとしても)確認の意味で聴きたかったのだが、ないものはしょうがない。代わりに、最後の来日公演盤をまた取り出した。やっぱりこれも名演奏だ。今やほとんど顧みられなくなっているようだが(死後急速な人気の衰えぶりはギュンター・ヴァント同様)、カール・ベームは偉大なり。

できるなら、今日抜粋で聴かせていただいたテープにもっともっとじっくり浸りたい。思い出すだけでゾクゾクするような快感がそこにはある。


5 COMMENTS

雅之

こんばんは。
そうなんですよ。ご紹介のカセットに収録されている放送についての記憶はありませんが、昔のカセットのエア・チェックのほうが、CDより確実に感動を伝えていたと、私も自分の体験上、断言します。昔のオープンリールやカセットでのエアチェックの音を体験したら、16bit・44.1kHzのCDの規格は欠陥フォーマットだと言わざるを得ないと思ってしまいます(同じフォーマットのSHM-CD、HQCD、Blu-spec CDも同じ。高く売ろうと考えた人は詐欺師、出すんなら高規格フォーマットのSACDでしょ!)。ピアノや打楽器の音はCDは比較的得意ですが、弦楽器の音については、CDが登場して25年以上になる現在でも、まったく納得していません。
ベームの数多くのライヴの素晴らしさを無視する評論家も欠陥評論家だと断言したいです。知らないだけなのか、耳が悪いのか・・・。著名評論家のU氏なども、ブルックナーでムーティの「第4」、ブーレーズやシノーポリの「第8」を推薦して、何故ベームを無視するか!許せない!(笑)耳が悪いのではなく勉強不足と信じたい。これだけは残念です。
ベームのライヴのドイツものは、最高ランク中の最高でした。多くは昔、エア・チェックでその凄さを知りましたが、ご紹介の最晩年である1980年のウィーン・フィル他との来日公演は、コンサートのオペラも、全部ナマで聴いて心底感動しています(東京文化会館での「フィガロの結婚」は生涯最高の体験のひとつ!)。
ベームやクーベリックなどのセッション録音は出来のムラが著しく、残念なのは確かです。DGへのセッション録音の彼らのベートーヴェンの交響曲全集などは、私には全然やる気が感じられず、本来の魅力の半分も伝えていないと思っています。
「レコードはメニューみたいなものだ。本当の音楽が聴きたければライヴに来い」マイルス・デイヴィス

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雅之

昨夜コメントを送信してから冷静に考えたんですが、ベームの1975年来日ライヴ、確か私の学生時代に買ったDGから出た初出国内盤LP(シューベルトの「ザ・グレート」、ブラ1など)も、薄っぺらなひどい音で、レコ芸などでは大絶賛されていたのに(大木正興氏も推薦されていた)、友人の持っていたエア・チェックしたカセットに比べあまりにも貧弱なLPの音に愕然としたと同時に、レコード会社に対して、強い怒りを覚えたものでした。だからCDのフォーマットの問題だけではないですよね、このことは。DGでは、バーンスタイン&ベルリン・フィルの、マーラーの「第9」も、友人の持っているエア・チェックしたカセットのほうが、迫力と空気感において、はるかに良い音でしたし・・・。やはり、おっしゃるように編集段階で、とんでもなく情報量が落ちてるんでしょうね。
ベームの1980年のウィーン・フィル他との来日公演は、「コンサートのオペラも」じゃなくて、コンサートもオペラも全部聴きました。ご紹介のベートーヴェンも、録音には入りきらない、スケールの大きな感動を味わいました。あれは、実演を聴かなかった人には語って欲しくない録音です(録音で聴くと、老いによる弛緩しか感じない)。「フィガロの結婚」は、大好きだったフィガロのヘルマン・プライもスザンナのルチア・ポップも鬼籍に入っちゃいましたね。感慨深いです。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
本当にびっくりしました。テープの音がこんなにリアルだとは思ってもみなかったので・・・。かつて持っていた大量のエアチェックテープ悔やまれます。
>ベームの数多くのライヴの素晴らしさを無視する評論家も欠陥評論家だと断言したいです。知らないだけなのか、耳が悪いのか・・・。
著名評論家のU氏もベームについては完全無視ですね。僕もその評価に踊らされていたかもしれません。雅之さんは最後の来日公演の実演を聴かれているんですよね。羨ましいです。僕は当時、人見でのコンサートも上野での「フィガロ」もテレビ放送で観ていました(当時はテレビはモノラルで本当に貧しい音だったなぁ)。
DGの初期LPの音もひどかったんですか?!僕はそのLPは聴いたことがないので何ともコメントしかねますが。
>DGでは、バーンスタイン&ベルリン・フィルの、マーラーの「第9」も、友人の持っているエア・チェックしたカセットのほうが、迫力と空気感において、はるかに良い音でしたし・・・。
そうそう、有名ですよねこの話は。このマラ9のエアチェックテープぜひとも聴いてみたいですね。本当に凄かったらしいじゃないですか!!
>実演を聴かなかった人には語って欲しくない録音です(録音で聴くと、老いによる弛緩しか感じない)。
失礼しました(笑)。

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アレグロ・コン・ブリオ~第3章 » Blog Archive » 比較するべからず

[…] 僕が楽聖の第7交響曲に最初に触れたのは高校1年生の頃、フルトヴェングラー指揮するベルリン・フィルの戦時中録音だった。最初の一音から電気が走ったかのような衝撃を受け、以来フルトヴェングラーを信奉し、寝ても覚めても「フルヴェン」という時期が長く続いた。ベートーヴェンのジャズ・ミュージックやロック音楽を先取りしたかのような革新性をおそらく感覚的に捉えていたのだろうと想像するが、ちょうど同じ時期に聴いたベーム&ウィーン・フィルの来日公演の愚鈍な演奏に失望を覚え、ベートーヴェンの交響曲はどうしてもフルトヴェングラーでなければならぬという確信に至った(でも、それは盲信であり、錯覚であることが後年わかることになる)。 […]

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