ケンプの「皇帝」

beethoven_5_kempff_leitner.jpg「レコード芸術」6月号を読んでいて、宇野功芳先生が落語ファンでもっぱら喬太郎と志の輔を追っかけているということが書かれていて少々びっくりした。1ヶ月前のクラシック音楽講座の終了後の懇親会で、その喬太郎と志の輔の話で盛り上がったばかりだった。僕は落語に関しては疎い。しかし、その場に偶然居合わせた何人かが事前に打合せでもしたかのように「喬太郎は凄い!」と同調し絶賛していたので、一度機会を見つけて何とか寄席を体感してみたいと思っていた矢先だったから。宇野先生までが追っかけているというのだからやっぱり喬太郎の実力というのは半端でないのかもしれない。切符も早々と完売するらしいからともかくライブに触れるべし、だな。

久しぶりにケンプを聴く。彼の実演は残念ながら聴いたことがない。合計10回もの来日を果たしているわけだから、ひょっとすると一度くらいは聴ける機会はあったのかもしれないが、まだまだクラシック音楽を聴き初めの「ひよっこ」(それにまた例によってFM放送に毎夜の如くかじりつきながらひとつでも多くの音楽を知ろうと懸命に音を追っていた頃だろうから)にとって、来日アーティストの公演に馳せ参じるなどとは金銭的にも思いもよらない話だったろうゆえありえない話なのだが。
嗚呼、懐かしい。初めて聴いたヴィルヘルム・ケンプの演奏は、NHK-FMでのブラームスの第2協奏曲(だったと記憶する)。エアチェック・テープはとうの昔に処分してしまったゆえ、指揮者やオーケストラはわからない。おそらくいつかの音楽祭のライブ録音だったと思う。今から思うと、スタジオで編集された音盤によるのではなく実況中継をFM放送で聴いたというのがポイントだ。なぜなら、その後いくつか聴いた彼のレコードではそれほど感動した思い出が皆無なのだが、このブラームスに関しては心を鷲づかみにされ、しばらくケンプの演奏以外受け付けなかったから。もちろん「初めて聴いた」演奏ということも影響しているだろう。テクニック的にも決して完璧な演奏でなかったにもかかわらず、脳みそに刷り込まれたケンプのブラームスはとにかく素敵だった。ケンプこそは実演を知らずして語ることのできないピアニストなのだろうな(もちろんそれは彼に限ったことではないけど・・・)。

ところで、早いもので来週末は「第26回早わかりクラシック音楽講座」である。今回はベートーヴェンの「皇帝」を採り上げるのだが、かつてあまりに聴き過ぎたのか(笑)最近では音盤を取り出すことはほぼなくなった。とはいえ、少しずつ準備を始めなければいけないのでいくつか所有の演奏を聴いてみるとするか・・・。ということで、せっかくなので予習を兼ねケンプの「皇帝」を聴く。

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第5番変ホ長調作品73「皇帝」
ヴィルヘルム・ケンプ(ピアノ)
フェルディナント・ライトナー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1961)

今となってはあまり話題に上らない演奏だと思うが、速めのテンポで颯爽としていて意外に良い(笑)。ただし、(大演奏である片鱗はところどころに感じられるものの)如何せんスケールが小さく、音が萎縮して開放感が見られないのが難点・・・。残念ながらいまひとつ感動が伝わってこない。ケンプの生演奏はこんなものじゃなかったろうになぁ・・・。


6 COMMENTS

雅之

こんばんは。
最近の落語ブームは数年前やっていた宮藤官九郎脚本の、「タイガー&ドラゴン」の影響もあるそうですね。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1489241
確かに、このドラマは面白かったですが私の落語への興味はそこで止まったままです(いろいろ趣味が多すぎて、さすがにそこまで手がまわりません・・・笑)。
ケンプの件、昔のFMのエアチェック・テープは、本当に聴いてみたいですね。おっしゃるように、ケンプのセッション録音はあまりに伝わってこないと、私も思います。
内田光子は、バックハウスにはまるで興味が無く、どこがいいのかわからないとか、昔「レコ芸」のインタビュー記事で語っていましたよね。一方、ケンプのことは高く評価していたように記憶しています。二人の実演を聴いている彼女の発言だけに、とても意外だったのを覚えています。
今、別な号のインタビュー記事の図書館でコピーしたものが手元にあります(メンゲルベルクのマタイ記事の時のように、何年何月号を控えていない)。何年ぶりかで久しぶりに読み返したら、ケンプの話題は載っていなかったけど、あまりに興味深かったので、一部分を下に書き写してみます(それにしても、これ、いつの記事でしたっけ?調べられますか?)
濱田 ベームはいかがですか。
内田 ベームはブラームスのシンフォニーで結構いいものがあるんだけど、いちばんよかったのは、70年代の終わりかな、ミュンヘン・オペラで振った「フィデリオ」でした。「レオノーレ序曲」の三番を、正しいか正しくないか知らないけど、彼はオペラの中で使って、それがすばらしかった。その前に、歌手と合わなかったり、ちょっとジタバタしたわけ。そしたら、ペームおじさんはカッとなって「レオノーレ第三番」のすばらしいのを振ったんです。
濱田 そういう体験は、レコードの世界でなく現場にいないと出会えないですねェ。ほかに感動的なご体験というと・・。
内田 私が個人的に、自分の考えもしなかった世界を見せつけられ、心を揺さぶられた人となると・・・やはりフルトヴェングラー、カザルス、(エトヴィン・)フィッシャー、シュナーベル、コルトー、エネスコ、そういうところになってしまいます。
濱田 カザルスの指揮した中で、とくにお気に入りのものはありますか。
内田 カザルスのバッハのオーケストラ組曲四曲はすばらしいと思います。このごろ流行のオーセンチィック(=ヒストリカル)・ミュージック・メイキングとはかけ離れたものですけど、私は、カザルスのはひとつの道として、揺るぎないものがあると思います。自分の信念で、「この音はこうだ」と言っている強さがある。これは、すごいです。
濱田 同感ですね。
内田 もちろん、払は音楽史に関する学説とかを否定するわけじゃありませんよ。伝記なぞを書いてくれる学者さんとか、何か月もどこかの図書館にこもって資料集めをしてくれる人とかは、ほんとにありがたいと思います。ただ、そうしたインフォメーションを頼りにして、それに合ったものだけを作ろうとするのは弱いと思う。間違うんだったら、堂々と間違え、というものですよ。自信をもって間違うのだったら・・・・・
濱田 その自信を持ちうる人が本物の音楽家なのかもしれませんね。
内田 そうです。音楽の世界というのは、人それぞれの感じかたなんです。私は近頃、ベートーヴェンの音楽について、すばらしいことを読んだんです。ベートーヴェン自身のピアノ演奏ですけど、ツェルニーだの、シントラーだの、リースだの、どこぞの伯爵だの男爵だのは、異口同音に、いかにベートーヴェンがブリリアントな演奏家で、ものすごい即興の達人であったかを言っている。ブリリアントだ、レガートがすごい、特殊なテクニックだ、そういう話ばかりの中で、ひとつ全然違ったエレメントをベートーヴェンの演奏の中に見出した人がいるんです。ブリッジタワーつて、ごぞんじですか。
濱田 ああ、たしかヴァイオリニストで、初めに《クロイツェル・ソナタ》を献呈された人・・・・・
内田 私は知らなかったの。ブリッジタワーはエステルハージ家の家令みたいなことをやっていて、黒人の血が入っていて、ヴァイオリンがすばらしく弾けたんですって。ベートーヴェンがその人と一時とても仲良くなって《クロイツェル・ソナタ》を彼のために書いたんですってね。ところが、あとでけんかをして、ベートーヴェンは譜面に書いたブリッジタワーの名前をぐじゃぐじゃと消したという・・・・・
 そのブリッジタワーが、ベートーヴェンがゆっくりした静かな楽章を弾くとき、その演奏は「浄いものであった」と言っているんです。本当に、ベートーヴェンは浄い世界に行っているんです。それがなかったら、ベートーヴェンはないわけ。でも、それを同時代の誰かが言ってくれていたことに、私は感謝したいですね。・・・・・・
(濱田⇒濱田滋郎氏)

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ふみ

こんばんわ。今回はベトのピアノ協5番をされるのですね。僕もこの曲は3、4番に比べるとあまり聴きませんが魅力を知らされた演奏はクラウス/WPO(バックハウス独奏)でした。これは第1楽章冒頭のピアノの上昇音型から腰を抜かすほどの威厳と気品に満ち満ちており、それ以来バックハウスファンになりました。しかし、雅之さんご紹介の内田のコメントは実に興味深いですね。この間ちょうど内田のリサイタルを聴いたばかりでして、その前にこの記事を読んでおきたかったです(笑)内田まで[音楽の世界というのは、人それぞれの感じかたなんです。]というとは驚きです。あっ、ちなみに内田のリサイタルはポリーニの10倍は感動しました(笑)

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岡本 浩和

>雅之様
そうそう、確かに内田光子はそんなことをインタビューで語っていましたね。いつの号でしたっけ?僕が聴きたいくらいです(笑)。僕は昔から思ってるんですが、「レコ芸」の記事はデータベース化していつでも検索できるようにしてもらえると大変なニーズがあるんじゃないかと・・・。今回の件に限らず、時折思い出して30年分の雑誌をひっくり返して、うろ覚えの時期を辿りながら記事を探し出すんですが、大変な時間と労力がかかります。音楽之友社が有償の会員制検索サイトを開設してくれたら会員に間違いなくなります。まぁ、そういうニーズのある人がどれくらいいるかですから、採算がとれるかどうかはわかりませんが・・・。それにしてもクラシック音楽愛好家、レコ芸愛読者には僕と同じように考えている人は大勢いると思います。

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岡本 浩和

>ふみ君
>腰を抜かすほどの威厳と気品に満ち満ちており、
バックハウス&クラウスの「皇帝」!うん、名演です。
ちなみに僕はイッセルシュテットとの再録盤を若い頃愛聴してたけど、今は滅多に聴かなくなったよ。バックハウスといいケンプといい、基本的にレコードには入り切らない音楽家なんだろうね。
>ちなみに内田のリサイタルはポリーニの10倍は感動しました
そりゃそうでしょう!格が違いすぎます(笑)。

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あとむくん

ケンプさんのモノーラル盤エンペラーはお聴きになられましたか?確かステレオ盤と同じグラモフォンからリリースされていた超弩急の爆演!指揮はパウルファンケンペンだったかなぁ?
聴いてみて下さいな。
それはさておき、エンペラーはなんといっても第二楽章!ここに来ると、いつも涙が溢れます。あの旋律を心込めて慈しむように歌い抜くピアニストはそうそういません。ここに関しては、あまたのピアニストの中からあの旋律を弾くのなら、アラウです。晩年のデイビス&SD とのアラウではなく、敢えて古い方の目立たないEMI 盤であります。もう堪りません。号泣です。

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岡本 浩和

>あとむくん様

コメントありがとうございます。
残念ながらケンプのモノラル盤は未聴です。「超ど級」ということなら聴いてみます。
第2楽章についてもまったく同意見です。
ただし、アラウの旧い方の録音も未聴なのであわせて聴いてみます。
貴重な情報をありがとうございます!

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