サンソン・フランソワのラヴェルを聴いて

ravel_concerto_francois_cluytens.jpg昨日のブログのコメント欄で「規律の中の自由」、「限定がなければ自由もない」ということが話題になった。いずれも含蓄に富んだ名言である。僕はセミナーの中で「自分らしくある」ことを追求するよう受講いただいた方にいつもお伝えする。「自由になれ」と口を酸っぱくして言う。ただし、ここでいう「自由」とは、上記の言葉と同じく、「規律」や「束縛」の中にこそ生まれ得るものであり、一定の規範やルールを遵守しながら自由に物事を創造することなんだということ。そういう中にこそ価値があり、美があるのである。

アルフレッド・コルトーに見出され、マルグリット・ロンに師事したサンソン・フランソワのピアノに関しては、ショパンやラヴェル、ドビュッシーの演奏を特に若い頃好んで聴いていた。型にはまらず風変わりで、かつ瀟洒な演奏だなということくらいは直感的に感じとったものの、当然ながらその実演に触れる機会はなく、僕にとってその人の力量を測る試金石になるはずのベートーヴェンの録音も残っておらず(僕が知らないだけかもしれないが、フランソワにはベートーヴェンの録音はあるのだろうか?)、世の中では「天才」扱いされるものの、結局最終的な評価を下しきれない著名なピアニストの一人だった(それでもおそらく同門であろう(?)ハイドシェックの演奏に比肩して、これほど「自由」の「美」を教示してくれるピアニストは他にいないのではないかとも思っていたが)。

今やフランソワの音盤をあえて取り出して聴く機会も減った(というよりほとんどないといっても良い)。先日来ハイドシェックを聴き、ハイドシェックの話題が持ち上がるにつれ、果たしてフランソワが今の世に存命し、第一線で活躍してくれていたなら、ハイドシェック以上に自由闊達でそれでいて極めつけのセンスを持つ超名演奏を繰り広げてくれる大御所ピアニストとして君臨していただろうとその早過ぎる死が残念でならない。「実演」を聴くことができなくなった今となっては、まったくもってまともなコメントができないことが真に悔しい。

久しぶりに若きフランソワがクリュイタンスの棒で録音したラヴェルの協奏曲集を耳にした。

ラヴェル:ピアノ協奏曲ト長調&左手のためのピアノ協奏曲
サンソン・フランソワ(ピアノ)
アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団

パウル・ヴィトゲンシュタインにより委嘱されたこの「左手の協奏曲」は演奏者に言わせれば超難曲だという。一方、一聴衆として聴いている分には、これほどジャジーで耳に心地良く、センス満点の音楽は滅多にない。とにかく、左手しか使えない、使わないのである。第一次大戦の従軍による負傷から右手を失くしたヴィトゲンシュタインのためにラヴェルが書いた音楽は、まさに「規律の中の自由」、「限定がなければ自由もない」という言葉をそのまま体現した傑作である。かっこいい。そして、そんなことをあらためて知らしめてくれるこの音盤は天下の名盤である(ちなみに、この音盤の価値の60%はクリュイタンスの功績である。そう言い切って良いと僕は思う)。

「ワークショップZERO~人間力向上セミナー」第一日目終了。
昨日雅之さんからいただいた「海は月のリズムに忠実に満干をくり返す。大きな空間の中では自由だが、時間的には厳格な規則に従う。音楽も同じようにしなければならない。これは、コルトーが私に教えてくれたことだ」というハイドシェックの言葉・・・。ついでに言うなら、人間も同じようにした方が良い。


2 Comments

雅之

おはようございます。
「規律の中の自由」、フランスのピアニストは伝統的にこれが得意ですよね。古くはコルトー、ナット、ロン、フランソワから、今注目の若手ヌーブルジェに至るまで・・・。フランス人のドイツものに名演が多いのは、ゲルマンの厳格さとラテンの自由さの素敵な出会いだからなんでしょうね。
>フランソワにはベートーヴェンの録音はあるのだろうか?
私の知る限り、下の録音があります。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1273749
確かにフランソワとベートーヴェンは、最高に相性がよかったとは思えませんが、フランソワにぞっこんの私としては、欠点までが美点になっており、理屈を超えた愛聴盤となっています。バックハウス「命」の岡本さんにお薦めしてよいものかどうか・・・(笑)。
>若きフランソワがクリュイタンスの棒で録音したラヴェルの協奏曲集
その素晴らしさについては、おっしゃるとおりですよね。
>この音盤の価値の60%はクリュイタンスの功績である。
これも、まったく同感です。
ラヴェルの「左手」の全録音の蒐集を目指している私ですが、いつまでたっても、結局最後はフランソワ&クリュイタンス盤に戻っちゃうんですよね(笑)。
先日の岡本さんの返信コメント、
>音楽でも文学でも絵画でも、真の芸術は「負」から生まれるものだと思います。
について・・・。
http://classic.opus-3.net/blog/cat49/r-b/#comments
弓で矢を射る時、弓を後ろへ引けば引くほど、矢は反発力で遠くに飛びます。作者の「後ろ向き」「負」の体験が大きければ大きいほど、芸術創造の爆発的推進力が増す可能性を秘めるというのは、物理法則と似ていて自明の理ですよね(余談ですが、だからどの分野でも先達は、「若い時の苦労は買ってでもしろ」と言うのでしょう)。
また相場の格言に、「山高ければ谷深し」というのがあります。逆も真です。「谷深ければ山高し」です。
一見、勝手気ままに見える芸術も、「海は月のリズムに忠実に満干をくり返す。大きな空間の中では自由だが、時間的には厳格な規則に従う」というのと同じで、「自然の法則性」の中にあるのでしょうね。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>今注目の若手ヌーブルジェ
ヌーブルジェと言えば「レコ芸」の最新号で吉田秀和氏が彼の「ハンマークラヴィーア・ソナタ」について触れてますよね。
面白そうなので聴いてみたいなと思っていたところです。
フランソワのベートーヴェン三大ソナタ集ってあったんですね!
>フランソワにぞっこんの私としては、欠点までが美点になっており、理屈を超えた愛聴盤となっています。
なるほど、これは聴かなきゃ。
>バックハウス「命」の岡本さんにお薦めしてよいものかどうか・・・
いやいや、最近はベートーヴェンのソナタを聴く時はあまりバックハウス盤を聴かなくなりました。なのでフランソワのベートーヴェン、これは「あり」です。
>物理法則と似ていて自明の理ですよね
>「自然の法則性」の中にあるのでしょうね。
おっしゃるとおりです。

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