カイルベルト指揮バイロイト祝祭管のワーグナー「神々の黄昏」(1955.7.28Live)を聴いて思ふ

幸せっていったい何なんだろう?
本当はそれぞれが勝手な夢と幻を見ているだけなのかもしれない。
そんなものはもともと存在しないのである。

私たちの永遠の知識も終わりだわ!私たちの知恵から世界に告げるべきことはもはや何もない。
下へ!母の所へ!降りて行きましょう!
井形ちづる訳「ヴァーグナー オペラ・楽劇全作品対訳集―《妖精》から《パルジファル》まで―」(水曜社)P173

3人のノルンの重唱が虚ろに、しかし意味深く聴こえる。「神々の黄昏」序幕で3人のノルンたちによって語られる言葉は現代の僕たちへの警告でもある。これはそのまま「ラインの黄金」最終場の3人のラインの乙女たちによって歌われる次の言葉に対応する。

ラインの黄金!ラインの黄金よ!純粋な黄金よ!
今なお私たちの玩具として川底で輝いてくれたらいいのに!川底にだけ誠実と信頼がある。
天上で楽しく生きているのは、陰険で偽善的なもの!
~同上書P53

目先のシステムに翻弄されてはならない。
物事を身体で見るのでなく、魂で見よと。

ヨーゼフ・カイルベルトの指揮は、ドイツ的な重厚さを秘めるものの、決して粘るでなく、どちらかというとあっさりとしながら真に迫る内容を持つ。アストリッド・ヴァルナイのブリュンヒルデやヴォルフガング・ヴィントガッセンのジークフリートは当然のこと、多くの名歌手たちの歌唱は実に素晴らしく、管弦楽の意味深さは細部にわたり、録音の良さも相まってとても60余年前のものとは思えない新鮮さ。理想的な名演奏であると思う。

・ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」
アストリッド・ヴァルナイ(ブリュンヒルデ、ソプラノ)
ヴォルフガング・ヴィントガッセン(ジークフリート、テノール)
ヘルマン・ウーデ(グンター、バリトン)
マリア・フォン・イロスヴェイ(ヴァルトラウテ、第1のノルン、メゾソプラノ)
グスタフ・ナイトリンガー(アルベリヒ、バリトン)
ヨーゼフ・グラインドル(ハーゲン、バス)
グレ・ブロウヴェンスティン(グートルーネ、ソプラノ)
ユッタ・ヴルピウス(ヴォークリンデ、ソプラノ)
エリーザベト・シャルテル(ヴェルグンデ、メゾソプラノ)
マリア・グラーフ(フロースヒルデ、アルト)
ゲオルギーネ・フォン・ミリンコヴィチ(第2のノルン、メゾソプラノ)
ミーナ・ボロティーネ(第3のノルン、ソプラノ)
ヨーゼフ・カイルベルト指揮バイロイト祝祭管弦楽団&合唱団(1955.7.28Live)

真夏のバイロイト祝祭劇場の熱気が伝わる。真にリアルな音響。

太陽が明るい輝きを放っている、
でもラインの川底は暗い闇。
かつては明るかったのに、
父の黄金が損なわれることなく
川底で崇高な輝きを放っていたから!
ラインの黄金、澄んだ黄金よ、
以前は何と明るく輝いていたことか、
川底の崇高な星よ!
太陽よ、英雄を私たちの所に寄こしてください、
黄金を私たちに返してくれる英雄を!
もし彼が黄金を返してくれたら、
あなたの明るい光はもう必要ではないわ。
ラインの黄金!澄んだ黄金よ!
そうすれば、お前はきっと嬉しそうに輝くことでしょう、
川底の自由な星よ!
~同上書P210

3人のラインの乙女たちの嘆きは、言下に日輪の光を否定する。
なるほど、そもそも彼女たちがアルベリヒに大事な黄金を奪われたのは、彼女たち自身が(世界の)自由を象徴するのだという誤解と自惚れ(?)があったからなのかもしれない。しかし、それこそが目に見えるこの世界の真実なのだ。音楽はますます意味を持ち、前のめりに突進する。
例えば、第2場最後の「葬送行進曲」におけるティンパニの壮絶な轟音を含むオーケストラの絶叫(金管の咆哮!!)は、カイルベルトが命を賭けて「黄昏」の物語を再生していることが手に取るようにわかり、まるでジークフリートがその場で息を吹き返すかのようなエネルギーに満ちる。
そして、ヴァルナイによるブリュンヒルデの自己犠牲のシーンの荘厳さ。

私が受け継ぐべき物を今受け取りました。
呪われた指環よ!恐ろしい指環よ!
お前の黄金を私は手に取り、すぐに手放します。
川底にいる賢い姉妹たちよ、
ライン川で泳いでいる娘たちよ、
あなたたちの誠実な忠告に感謝します。
あなたたちが望んでいる物をお返しします。
それを私の灰の中から取り出してください!
私を焼き尽くし火が、
指環を呪いから清めますように!
~同上書P223-224

ヨーゼフ・グラインドル扮するハーゲンの最後の叫びがあまりに悲しい。

指環を放せ!
~同上書P225

ワーグナーの意志は揺れずぶれず、その音楽は確信をもって愛による救済を音化する。ラスト・シーンの金管群の響きは少々うるさい気もするが。

 

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3 COMMENTS

雅之

岡本様の名ブログを毎日愛読しておりますと、どうも同じところを逍遥している気がしてならないんですよね(笑)。ほとんど採り上げられない指揮者や演奏家は、相変わらずですしね(笑)。これだけ毎日読んでいると、好き嫌いの本音が、はっきりわかってしまうんですよね。

ただ、私には、毎日違うジャンルの音楽を次々に聴きまくるという芸当は絶対にできませんし、したくもありません。前日に聴いた音楽の余韻が掻き消されるので・・・、いや、これは単に思考回路の違いだけでしょうね(笑)。

今回は、岡本様の名ブログから、ずっとイメージしていた作品を告白します(笑)。それは、「80日間世界一周」です。

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岡本 浩和

>雅之様

間違いなく、飽きもせず同じところを逍遥しております。
最近は特にまともに膝を正して音楽を聴く時間がなく、iPodで持ち出しては往復の電車の中で音楽に耳を傾けるという日々が続いており、聴き方としては邪道かもしれませんが、ワーグナーなどもぶつ切れで聴くような始末でして・・・。
それに、元々性質上ロジカルではなく支離滅裂なところがありますから嗜好は飛びまくり、今日もそうですが、突然ビーチ・ボーイズなんぞを聴く羽目になったり、我ながらついていけません。(笑)

一昨日のアルゲリッチのショパンはまったく採り上げるつもりもなく、日中の「黄昏」が重過ぎてお口直しにということでふと聴き出したらはまってしまったという経緯がありました。

まぁ、巨匠たちは老年になるに従ってレパートリーを絞り、愚直に同じものを繰り返すという慣習があるわけですから、似たような趣向の音楽を聴きまくるというのも乙なものだとご理解いただければと思います。(笑)

>「80日間世界一周」です。

嗚呼、ジュール・ヴェルヌ!!大好きな作品です。

>音楽って本当に素晴らしいですね!!

最高です。
懲りずに毎日コメントをいただきありがとうございます。
雅之さんのお陰で間違いなく視野は広がっております。
確かに滅多に採り上げない指揮者や演奏家は多々ありますね。
テンシュテットとか・・・、あと誰でしたっけ??

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