ケンプ、シェリング&フルニエのベートーヴェン「カカドゥ変奏曲」(1969.8録音)ほかを聴いて思ふ

フリードリヒ・フォン・シラーの「歓喜に寄す」にインスパイアされ、ベートーヴェンが音楽を付すことを思いついたのは1793年のことだったらしい。その後、1795年の歌曲「愛されぬ者の嘆息」や「相愛」には、いわゆる「歓喜の主題」の断片、というか片鱗が垣間見られるのだが、ついに1808年、「合唱幻想曲」の歌唱主題に転用、ほぼその全容を顕わにする。

僕は1812年に作曲された変ロ調長三重奏曲アレグレットにも「歓喜の主題」の面影を見る。
この年は、ゲーテとの再会があり、また、いわゆる「不滅の恋人」への手紙が書かれた年。ベートーヴェンの内側に、精神的な大いなる変化があったことは間違いなく、音楽にもその様相が見事に感じられるのだ。

Du darfst nicht Mensch sein, für dich nicht, nur für andere…(1812年)(お前はもう自分のための人間であるとは許されていない。ただ他人のためにのみ・・・)
自分の芸術を他人のために役立てようという考えは彼の手紙の中で絶えず繰り返されている。ネーゲリへの手紙の中で、あらゆる利害関係的な考えから、あらゆる「ちっぽけな虚栄心」(Kleinliche Eitelkeit)から自己を防ぎながら、彼は自分の生活にただ二つの目的を決定している。それは「聖なる芸術への」(an die göttliche Kunst)献身と、他人を幸福にするための行いとである。
ロマン・ロラン著/片山敏彦訳「ベートーヴェンの生涯」(岩波文庫)P159-160

「献身こそわが墓碑銘」とでも表現するのだろうか。
いわゆる後期の世界にあって、ベートーヴェンの作品は自己を超越するようになった。
フルニエのチェロが、シェリングのヴァイオリンが、そしてケンプのピアノがひとつになり、「大いなる喜び」を奏でる。

ベートーヴェン:
・ピアノ三重奏曲第8番変ロ長調WoO.39(1970.8録音)
・ピアノ三重奏曲第9番変ホ長調WoO.38(1969.8録音)
・ピアノ三重奏曲第10番変ホ長調作品44(1969.8録音)
・ピアノ三重奏曲第11番ト長調作品121a「カカドゥ変奏曲」(1969.8録音)
ヴィルヘルム・ケンプ(ピアノ)
ヘンリク・シェリング(ヴァイオリン)
ピエール・フルニエ(チェロ)

1791年頃の作曲とされる変ホ長調三重奏曲WoO.38第1楽章アレグロ・モデラートの軽快かつ人間的な調べは、若きベートーヴェンの希望と野心の顕現。第2楽章スケルツォのモーツァルト的明るさ、そして終楽章ロンドの無垢。どれもが実に美しい。

ところで、「カカドゥ変奏曲」。主題の前の重々しい序奏に、聴覚を患った晩年の楽聖の苦悩を思い、一方で、主部アレグレットのパパゲーノのアリア「一人の娘っ子か女房がいれば」に似た旋律(ヴェンツェル・ミュラーによる歌劇「プラハの姉妹たち」から『私は仕立屋カカドゥです』)の澄んだ悲しみに、かの人の良い意味での諦念が感じ取られ、心に染みる。

おお、万事に優れる神!(O Gott über alles!)(1816年)
~同上書P160

三者の融合の粋。特に、フルニエのチェロの音色の素晴らしさ崇高さ。

生命と名のつく一切は至高者に献ぜられ、芸術に捧げられよ!(Alles was Leben heist, se idem Erhabenen geopfert, und ein Heiligtum der Kunst!)(1815年)
~同上書P160

音楽は時間であり、時間は生命。なるほど音楽とは生命なのであろう。

 

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2 COMMENTS

雅之

>音楽は時間であり、時間は生命。なるほど音楽とは生命なのであろう。

ベートーヴェンの音楽も、長い歴史が刻み込まれた地球上でしか生まれ得なかった、かけがえのない命だと思います(笑)。

ゲーテ地質学論集・鉱物篇  (ちくま学芸文庫) ゲーテ (著)

https://www.amazon.co.jp/%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%86%E5%9C%B0%E8%B3%AA%E5%AD%A6%E8%AB%96%E9%9B%86%E3%83%BB%E9%89%B1%E7%89%A9%E7%AF%87-%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%BE%E5%AD%A6%E8%8A%B8%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%86/dp/4480092935/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1501761724&sr=1-1&keywords=%E3%82%B2%E3%83%BC%E3%83%86%E3%80%80%E9%89%B1%E7%89%A9

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岡本 浩和

>雅之様

>ベートーヴェンの音楽も、長い歴史が刻み込まれた地球上でしか生まれ得なかった、かけがえのない命だと思います

はい、同感です。
それにしてもゲーテの博学は並大抵でないですね。
「地質学論集」は未読ですが、「色彩論」や「形態学論集・植物篇」などを読み、都度感銘を受けております。

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