解放

平成22年4月4日。何だか特別な日のようにも感じる。新年度がスタートして、それぞれに相応の変化が起こっているようだし、その変化も確実な進化・深化ゆえ、未来が楽しみである。

「ワークショップZERO」はある意味、過去の拘り、執着を捨て、新しい自分と出逢うという機能を有しているように思う。人が自分らしくなり、ありのままの自分を肯定する、そういう瞬間を体感できる。ただし、そういう瞬間を享受したからといってすぐ様何かが変わるわけではないが、知り、認め、受け容れてしまった時には、必ず変化と成長が訪れるのである。まさに、”Hello Goodbye”、出逢いがあれば別れもある、別れがあるからまた新しい出逢いがあるのだということを身に染みて感じた方が良い、そんなことを考えさせられた一日だった。

1802年、ベートーヴェンは刻一刻と悪化する耳病への恐怖、そして音楽家の絶望から弟たちに「ハイリゲンシュタットの遺書」を綴る。

・・・それにしても私は人々にむかって「もっと高い声で話してください。大声で言ってください。私はツンボですから!」ということはどうしてもできなかった。・・・私と同じ職業の人々でもほとんど見られないほどの完全さで、私が持っていたひとつの感覚の欠陥を人々の前にさらけだすことがどうして私にできようか。・・・危うく自らの生命を絶とうとするほどであった。私を思い留まらせたのは、「芸術」である。・・・

何という「苦悩」!そしてそれを助けたものが芸術だったとは!!この遺書を経て、楽聖は抱える悩みを吐き出しきったのだろう、傑作の森といわれる芸術家としての絶頂期を迎える、そういう時期に突入していく。その転換期になった名作、「英雄」シンフォニー。まさに「自らの解放」という名に相応しい傑作である。いかにも英雄ナポレオン・ボナパルトに捧げるために書かれたようにいわれているが、実は過去の自分―自己顕示欲の強かったベートーヴェンが自らを英雄と見做し、そういう自分を葬るために書いた音楽なのではないか、そのように僕には感じられる。「英雄」とはボナパルトではない、ルートヴィヒなのである。それを証明するかのような手紙、それが「ハイリゲンシュタットの遺書」なのだ。何という自己愛、何というわがまま。

ベートーヴェン:交響曲第3番変ホ長調作品55「英雄」
朝比奈隆指揮ベルリン・ドイツ交響楽団(1989.9.24Live)

僕はこの録音を聴いて驚いた。同じ年の2月にサントリーホールで聴いた新日本フィルとの「エロイカ」と似て非なる演奏だから。2月の演奏は類稀な感動をもたらしてくれた。実演を聴くことこそがその本質を捉える基本であることは間違いないが、その時の体験以上にベートーヴェンの「苦悩からの解放」が伝わってくる、そういう演奏だと思ったのである。朝比奈先生の「エロイカ」には数えきれないほど触れた。そのいずれもが圧倒的だった。そのぶれない、地に足の着いた解釈が見事であった。基本的に変わることのないそのスタイル、その中でも1,2位を争う名演奏ということが一層の「凄味」を演出している。

何だか初めて「英雄」交響曲を聴いた、その時の感動が蘇ってくる。幸せな「英雄」・・・。


5 COMMENTS

雅之

おはようございます。
ご紹介の朝比奈先生の新盤「英雄」、残念ながら未聴です。新日フィルや大フィルの名演以上と聞くと聴きたいですけれど、今更この超名曲のCDを増やしたくはないし、困ったものです(笑)。
朝比奈先生もヴァイオリン出身の指揮者らしく、弦楽器に熟知していて、ご自分独自のボウイング指示をしっかりと確立されていましたよね。徹底的な練習の賜物による弦のしっかりとした土台に、管楽器が度胸で思い切りよく吹いて勝負する、一言で言うと、これが先生の音楽だったように思います。それにドイツのオケなら、ティンパニあたりも名演に貢献していそうですね。
>何という自己愛、何というわがまま。
「英雄」という曲、前にも話題にしましたが、別な側面から見るとクレメンティなど、他の作曲家のパクリだらけですよね(笑)。極め付きはこれですね!
モーツァルト ジングシュピール『バスティアンとバスティエンヌ』よりK.50(46b)より (モーツァルト、12歳の時の作品!)
http://www.youtube.com/watch?v=LlqxKK_Mdck
ベートーヴェン  交響曲第3番 変ホ長調 作品55 『英雄』第一楽章
http://www.youtube.com/watch?v=GqjasCDkI6k&feature=related
いつ聴いても、マンマですよね(笑)。
ったく、天才は、何をやっても許されるんですよね。逆に言えば、何をやっても許されるのが天才(笑)。柴田南雄さんの言葉を借りれば、「天才にはかなわない」です(笑)。主題をパクったって、これほどまでに芸術で見事に自分独自の世界観を反映させた大傑作を創造できるのですから・・・。そして、天才の曲を借りて、二つとない自分独自の偉大な音楽を創造したという点では朝比奈先生も同じで、我々にとって、真に掛け替えのない巨匠だったと改めて思います。

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岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
>今更この超名曲のCDを増やしたくはないし、困ったものです(笑)。
確かにこれは難題ですね(笑)。僕の場合は有無を言わさずゲットになっちゃいますが。とはいえ、本当に初めて聴いた時の感動が蘇る、クリアでかつリアルな音なのでおススメします。まぁ、この際1枚増えたところで大差ありませんし(笑)。
>『バスティアンとバスティエンヌ』
そうそう、以前雅之さんに教えていただいて早速確認したのですが、驚きました。当時は何でもありだったんですね。中国のようです(笑)。
http://opus-3.net/blog/archives/2008/09/post-432/
>主題をパクったって、これほどまでに芸術で見事に自分独自の世界観を反映させた大傑作を創造できるのですから・・・。そして、天才の曲を借りて、二つとない自分独自の偉大な音楽を創造したという点では朝比奈先生も同じ
同感です。

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ザンパ

これはおもしろいですね!
こういうのを聞くと、やっぱりベートーヴェンってジャズの感性に近い、まさに即興演奏の人だったんだなって思います。

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岡本 浩和

>ザンパ様
こんばんは。
おもしろいですよね!!
昔は音楽は即興だったんだということがこういうのを聴くとよくわかります。

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