シェルヘン指揮ルガノ放送管のベートーヴェン交響曲第9番(1965.4.5Live)を聴いて思ふ

beethoven_9_scherchen737音楽が揺れる、活き活きと。
指揮者には明らかに意図がある。そして、ここには作曲家が想定した以上の運動がある。しかし、決してそれが眉唾ではなく、的を射た表現に思われるのだから素晴らしい。
おそらく一期一会の音楽。二度と同じものが再現され得ないであろう演奏。
フリードリヒ・ニーチェを思う。

死者を呼びだす巫女としての芸術。―芸術は、古いものを保存するという課題、また多分光のなくなった色のあせた表象をすこしはもとに染めあげるという課題、をついでに引き受ける、芸術は、この課題をはたす場合、さまざまの時代にリボンをまきつけて、そうした時代の精霊たちを再生させる。なるほどこうして生じてくるものは、墓の上にいるような、または夢の中で愛する死者が再生するような、仮象の生にすぎない、しかしながらすくなくともしばらくは昔の感覚がもう一度いきいきとなり、心臓がふだん忘れていたような調子で鼓動する。それで、芸術のこうした一般的効用のゆえに、芸術家自身に対しては、啓蒙や進み行く人類男性化の最前線には立たないにしても、それを大目にみなくてはならない、彼は生涯子どもまたは青年のままであり、自分が芸術衝動に襲われた地点に引きとどめられているのである、だが最初の人生段階の感覚は、世にみとめられているように、現世紀の感覚よりも前代の感覚に近い。はからずも人類を子どもらしくすることが芸術家の課題となる、これが彼の名著でありかつ限界である。
「第4章 芸術家や著作家の魂から」
ニーチェ全集5/池尾健一訳「人間的、あまりに人間的1」(ちくま学芸文庫)P182-183

ただひたすら自然体、ありのままであることの重要性をニーチェは説くのか。
感じるままに、感じたままを音にする素直さが大切なのかもしれぬ。
ワーグナーとの決別を決意した稀代の哲学者の言葉に、ワーグナーが心酔したベートーヴェンの9番目の交響曲を、しかもヘルマン・シェルヘンが指揮したものを想起する僕はどうかしているのかもしれない。
それは、とても個性的な解釈であるが、これこそまさに「死者を呼びだす巫女」の役割を果たすように僕には感じられる。
唸りを上げ、棒を振る指揮者の熱が、あからさまに伝導する音楽の魔法。劇的な第2楽章スケルツォを経て、第3楽章アダージョ・モルト・エ・カンタービレの不思議な陶酔。
そして、一気呵成に推進する終楽章のうねり。

・ベートーヴェン:交響曲第9番ニ短調作品125「合唱」
マグダ・ラースロ(ソプラノ)
リュシェンヌ・デヴァリエ(アルト)
ペトル・ムンテアーヌ(テノール)
ラファエル・アリエ(バス)
ルガノ放送合唱団
ヘルマン・シェルヘン指揮ルガノ放送管弦楽団(1965.4.5Live)

バスのレチタティーヴォは不安定。しかし、このあまりに人間的な響きこそが、ベートーヴェンの神髄を表現し得るのかも・・・。

音楽。―音楽はそれ自身だけでは、感情の直接的言語とみなしてもよいほどわれわれの内面に対して意味深いものでも深く感動させるものでもない、むしろ音楽は詩と太古に結合していたので、非常に多くの象徴性が韻律的運動の中へ、音の強弱の中へこめられて、その結果われわれは今では、音楽が直接内面へと語りかけ、内面から出てくると妄想するのである。
~同上書P226

その妄想を打ち破らんとシェルヘンは爆走するのである。続いてニーチェはかく語る。

劇的音楽は、音の芸術が歌・オペラ、そして音画の百様の試みなどによって象徴的手段の巨大な領域を征服してしまったときに、はじめて可能である。
~同上書P226-227

ヴィルヘルム・フルトヴェングラーの激性を凌ぐ、まさにヘルマン・シェルヘンの偉大な芸術!!

 

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2 COMMENTS

雅之

>とても個性的な解釈であるが、これこそまさに「死者を呼びだす巫女」の役割

ライブは一種の祭りですよね。

諏訪の御柱とか、岸和田のだんじりとか、精密さよりその場の勢い、そこに宗教的な意味合いを帯びる、シェルヘン&ルガノ放送管のベートーヴェンにも、それを色濃く感じました。

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岡本 浩和

>雅之様

>精密さよりその場の勢い、そこに宗教的な意味合いを帯びる

良い表現です。
まさに祭りだと僕も思います。

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