ブーレーズ指揮ウィーン・フィルのマーラー「大地の歌」(1999.10録音)を聴いて思ふ

とても丁寧に音化され、輪郭が明確で鮮烈な印象の「大地の歌」。
古代中国の詩をテキストにするという意味で、個人的には、もう少し曖昧で、虚ろな表情の「大地の歌」が好みなのだが、二人の独唱者共々、ブーレーズがあまりの愉悦の中、弾けるような雰囲気と心持ちで音楽を堪能している様が如実に想像でき、この傑作を十全に味わえる名演奏。

ギリシャ哲学でもルネサンス人文知でも、ガリレオでもニュートンの古典力学でもそうですが、ヨーロッパは「要素」から入っています。それに対して、日本も朝鮮半島も中国もそうですが、東洋は「関係」から入る。そこに違いがある。西は要素還元主義、東は関係従属主義ですね。
わかりやすい例で言うと、ヨーロッパがルネッサンス期に遠近法を確立しました。これは一点透視法で、最終的なバニシング・ポイントを一つ置いて、そこから全部がピラミッド的に構成されている。そのどの部分(要素)にも光と闇が取り込まれて、ブドウの房の一粒ずつがその法則のもとで光る。そこにはラファエロにもレンブラントにもフェルメールにもなれる完全なものができあがっています。
これに対して、関係的だった東洋の水墨画には「三遠」という概念が生まれます。上を眺める「高遠」、真っ直ぐ見る「平遠」、のぞき込む「深遠」の三つの遠近法です。これらを合体させて、水墨山水というものができあがった。つまり東洋の絵の中には一点透視ではなく、最低でも三つの見方が混在していたのですね。
松岡正剛/ドミニク・チェン「謎床―思考が発酵する編集術」(晶文社)P158

晩年、ワーグナーの「再生論」に傾倒していたマーラーは、ハンス・ベトゥゲ独訳の中国詩に出逢い、とても個人的な音楽を創造した。ここには(作曲家本人は意識せずとも)西欧的「要素」と東洋的「関係」の邂逅、あるいは混淆が間違いなくあるように僕は思う。
男声と女声を交互に持つ、二値的、二者択一的な楽章配置はまさに西欧的「要素」の顕現であり、李白や王維、孟浩然らの名詩から醸される悠久の歌には、水墨画の如くの「三遠」が美しく刻印される(いつのときも松岡正剛氏の言葉は実に的を射る)。

私はとても勤勉でした(ここから、私がかなり「順応した」ことがおわかりでしょう)。全体はどう命名したものか、自分でもよくわかりません。素晴らしい一時期に恵まれたわけですが、これはおそらく今まで作曲した内で最も個人的なものでしょう。それについては会ってお話できるかもしれません。
(日付なし、1908年9月初、ブルーノ・ワルター宛)
ヘルタ・ブラウコップフ編/須永恒雄訳「マーラー書簡集」(法政大学出版局)P364

白熱の第1楽章「地上悲愁を詠える酒席の歌」冒頭のホルン咆哮から確信に満ちた堂々たる響き。何と明朗な歌であることよ。

憂愁のみぢかに迫りよるとき、
心の闇はいずこも荒びはて
歓びの情も歌の声も
しおたれ、滅びゆくもの。
生は暗く、死もまた暗し。
(歌詞対訳:深田甫)

また、第2楽章「秋に独りいて淋しきもの」での、ヴィオレータ・ウルマーナの文字通り「愁いを帯びた」滋味ある歌唱に涙を禁じ得ない。

幽けき音とともに消えつきて、
我が思いを眠りにいざなう。
こころやすき憩いの場よ、
我は来たり、汝がもとへ。
(歌詞対訳:深田甫)

そして、ミヒャエル・シャーデの朗々とした声が映える愉悦の第3楽章「青春にふれて」の管弦楽の潤いに、僕は思わず恍惚となる。

・マーラー:交響曲「大地の歌」
ヴィオレータ・ウルマーナ(メゾソプラノ)
ミヒャエル・シャーデ(テノール)
ピエール・ブーレーズ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(1999.10録音)

さらに、第4楽章「美しさについて」は、東洋的空の儚さよりも西洋的色香が前面に出され、何とも勢いのある健康的な音調。第5楽章「春にありて酔えるもの」も、ウィーン・フィルの美感が際立った、いかにも春爛漫という演奏。
それにしても30分近くに及ぶ終楽章「告別」は特別な音楽。ブーレーズの演奏は、幽玄さこそ欠けるものの、珍しく思い入れたっぷりで感動的。

いとしき大地は 春来たりなば
到るところ百花舞い咲き
新たに緑萌えいでて! 到るところ永遠に
遥かなる彼処は光を碧く染めん!
とことわに・・・とことわに・・・
とことわに・・・
(歌詞対訳:深田甫)

僕たちが美しい地球(大地)とともにあることを知らしめる名曲の名演奏。ここには厭世はなく、ただ楽観あるのみ。

 

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