ワルター指揮メトロポリタン歌劇場のヴェルディ「運命の力」(1943.1.23放送)を聴いて思ふ

1音1音が命であり、音楽の源が呼吸であると秋山和慶さんが語っておられたが、音楽にはそれを創造した作曲家の思考や感情はもとより、それを再現する演奏者の、その時の想いや感情が確実に刷り込まれることが、この録音を聴くとよくわかる。
戦時中の、しかし、戦地ではない米国でのパフォーマンスでありながら、指揮者の脳裏には常に祖国での戦況のことが頭からは離れなかったのであろう、火を噴くような、壮絶なヴェルディの音楽に、当時の老指揮者の言葉にならない感情の錯綜を読みとることができ、オペラの悲劇的な筋書きと相まって、何とも苦悩を覚え、神妙な気持ちになってしまうのは僕だけだろうか。

―だが同じ年の8月に、妻が夏の滞在地で病気になった。私たちは妻をニューヨークへ連れて行った。ここで妻は絶望的な状態のうちにさらに8か月を過ごした。生涯の共同生活におけるこの献身的な援助者を、私は助けることもできなかった。彼女は私のために疲れも知らず勇敢に戦ってくれた―私が闘争に不向きなたちだったからである―。その彼女が何か月ものあいだ苦しみながら、最後の戦いのうちに横たわっていたのである。それは私たちのだれもが負ける戦いであった。
内垣啓一・渡辺健訳「主題と変奏―ブルーノ・ワルター回想録」(白水社)P457

正確な時期はずれるとも、戦争ばかりでなく、家庭においても精神を揺さぶった出来事の衝撃。そんなときも彼は、無心に、否、いつも以上に燃えに燃える演奏を披露した。合衆国での彼の演奏は(闘争に不向きだったと言うのに)アルトゥーロ・トスカニーニに負けずとも劣らぬ灼熱地獄(天国?)。

当時、トーマス・マンに送った手紙には次のようにある。

ドイツ人の多数がどれほど非道であるにせよ、即決で有罪を宣告することによって、われわれは彼らをみなヒトラーの徒にします。それで、戦争を縮めて平和を準備し、新しいよりよきヨーロッパに道を開きうるには、われわれがよりよきドイツの潜在をば信じている旨、荘重に宣言するほかないでしょう。
(1943年4月24日付、トーマス・マン宛)
ロッテ・ワルター・リント編/土田修代訳「ブルーノ・ワルターの手紙」(白水社)P264

ブルーノ・ワルターはどこまでいっても人情味豊かな、自分よりも他人を大切にする人だった。すべては諦めないことだ。

・ヴェルディ:歌劇「運命の力」
ステラ・ローマン(ドンナ・レオノーラ、ソプラノ)
フレデリック・ヤーゲル(ドン・アルヴァーロ、テノール)
ローレンス・ティベット(ドン・カルロ、バリトン)
イラ・ペティナ(プレツィオジッラ、メゾソプラノ)
エツィオ・ピンツァ(グァルディアーノ神父、バス)
サルヴァトーレ・バッカローニ(フラ・メリトーネ、バス)
ルイス・ダンジェロ(カラトラーヴァ侯爵、バス)
セルマ・ヴォティプカ(クーラ、メゾソプラノ)
アレッシオ・デ・パオリス(マストロ・トラブーコ、テノール)
ロレンツォ・アルヴァリー(村長、バス)
ジョン・ガーネイ(軍医、バス)
ブルーノ・ワルター指揮メトロポリタン歌劇場管弦楽団&合唱団(1943.1.23放送)

75年近く前の放送録音(ロペス・デ・オリヴァレスによる実況解説が付く)。
序曲から怒りのワルター炸裂。
各々の歌唱の印象はさすがに古臭さを否めないが、それでも登場人物のやりとりの生々しさは、古い録音からでも明確にわかるくらい。何という熱気。例えば、第4幕のアルヴァーロとカルロの決闘シーン「兄弟よ、私が分かるか?」の興奮。聴衆の狂わんばかりの拍手喝采が、当時の演奏の凄まじさを物語る。
ちなみに、ヴェルディが作曲当時、その1年ほど前正式の妻となったジュゼッピーナ・ストレッポーニが、「運命の力」について次のように語っている。

ヴェルディは書きはじめました。あの人が途中で筆を置きながらとぎれとぎれに作曲することはありません。音楽にかかる前に題材を充分に咀嚼するのです。《リゴレット》《トロヴァトーレ》《トラヴィアータ》などはどれも短期間に、熱っぽく、我が身を鞭打ちながら一気に書き上げたのです。このオペラも同じでしょう。
小畑恒夫著「作曲家◎人と作品シリーズ ヴェルディ」(音楽之友社)P140-141

集中的に書かれた歌劇の文字通り熱っぽさを、ワルターは見事に音化する。老指揮者の音楽に対して命懸けの姿勢に感動を覚えるのだ。

 

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