クナッパーツブッシュ指揮ウィーン国立歌劇場の「ばらの騎士」(1955.11.16Live)を聴いて思ふ

1955年のハンス・クナッパーツブッシュ。
おそらく最も脂が乗り、八面六臂の活躍を見せていたその時期の渾身の記録。
7月22日のバイロイト音楽祭での「さまよえるオランダ人」の名演。
直後、ザルツブルクに移動しての音楽祭での完全燃焼のブラームス・プログラム
そして、再びバイロイトに戻っての「パルジファル」ほか(ちなみに、この年の「パルジファル」の実況録音はいまだ公開されておらず―あるいは録音そのものが残されていないのか、享受することができないことがつくづく残念ではある)。

ところで、バイロイト音楽祭の最中、トーマス・マンが急逝する。

1955年6月6日、チューリヒで80歳の誕生日の盛大な祝賀会が行われた。そのあと、トーマス・マンはなお7月1日にアムステルダムにおいて「シラー試論」を講演している。しかし7月18日、左脚に痛みを覚え、数日後にチューリヒ州立病院に入院する。一時小康を保ったが、脚部大動脈の石灰沈着により、8月12日、同病院でマンは息を引き取る。彼はほとんどその最後の瞬間まで活発な仕事をし続けていたのであった。
辻邦生「同時代ライブラリー トーマス・マン」(岩波書店)P269-270

実際、マンの持つゲルマン的魔性と、いかにも反発心旺盛の(?)豊かな人間味は、ある意味クナッパーツブッシュに通じるところかもしれない。

さらには、バイロイト後のバイエルン国立歌劇場での「指環」ツィクルス(「神々の黄昏」は相も変わらずの超絶名演奏!)を成功裡に収め、「ローエングリン」、「マイスタージンガー」など得意の歌劇を披露し、秋はウィーン国立歌劇場再建記念公演での「ばらの騎士」と続くのである。

「ばらの騎士」第3幕を聴いた。(例によってほとんどリハーサルなくぶっつけ本番のようだが、並々ならぬ即興性が感じられる)
第1幕から拍手が鳴り止む前に棒を下すという、いつものクナッパーツブッシュ節。録音そのものは決して良いとは言えないものだが、それでも彼の再生の信じられないほどの灼熱とうねりに感嘆の声を上げざるを得ない。何という呼吸の深い、そして生命力抜群の音楽であることよ。

ウィーン国立歌劇場再建記念公演1955
・リヒャルト・シュトラウス:楽劇「ばらの騎士」
マリア・ライニング(元帥夫人、ソプラノ)
クルト・ベーメ(オックス男爵、バス)
セーナ・ユリナッチ(オクタヴィアン、メゾソプラノ)
アルフレート・ポエル(ファニナル、バリトン)
ヒルデ・ギューデン(ゾフィー、ソプラノ)
ユーディト・ヘルヴィヒ(マリアンネ、ソプラノ)
ラズロ・セメレ(ヴァルツァッキ、テノール)
ヒルデ・レッセル=マイダン(アンニーナ、アルト)、ほか
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウィーン国立歌劇場管弦楽団&合唱団(1955.11.16Live)

セーナ・ユリナッチ扮するオクタヴィアンの「マリー・テレーズ」という呼びかけで始まる三重唱の美しさ。ここでのクナッパーツブッシュは管弦楽の魔性を後退させ、3人の歌手にすべてを託すのだが、オーケストラと歌唱の中庸が見事で、有名なこのシーンを聴くだけでもこの音盤の価値があるように僕は思う。
続く、ゾフィー(ギューデン)とオクタヴィアン(ユリナッチ)の二重唱「夢なのかしら」の、文字通り夢見心地の音楽は、「ばらの騎士」のフィナーレの清らかさの象徴。

君だけを感じる、君一人だけを感じる、そして僕達が一緒にいることだけを!すべてが夢のように僕の感覚から消えさってしまう。
サイト「オペラ対訳プロジェクト」

オクタヴィアンの陶酔の言葉に対して、ゾフィーは応える。

これは夢、本当ではありえないわ、私たち二人が一緒にいるなんて!ずっと、永遠に一緒にいるなんて。
サイト「オペラ対訳プロジェクト」

すべてはある意味夢の中。
愛らしい幕切れにクナッパーツブッシュも内心ほくそ笑んでいたことだろう。
1955年のハンス・クナッパーツブッシュ!!

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ

にほんブログ村 クラシックブログへ
にほんブログ村


コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください