ベロフのドビュッシー 映像第1集(1996録音)ほかを聴いて思ふ

不可思議に身にしみるこの夢を、僕はたびたび見るの
 です
僕が愛しそして僕を愛してくれる、しかも見知らぬひ
 とりの女
しかも見るたび同じでなく、しかも全く別でもなく、
しかも僕を愛し、しかも僕を理解するひとりの女。
その女は僕を理解し、その女にだけ僕の心は透明です。
堀口大學訳「ヴェルレーヌ詩集」(新潮文庫)P22-23

ポール・ヴェルレーヌの「土星の子の歌」から『よく見る夢』。
堀口大學の、型にはまらない、無限の自由を獲得した日本語訳が僕は好きだ。まるでクロード・ドビュッシーの音楽のよう。

ドビュッシーの音楽は、堅牢な枠にはまらない自由詩だ。
聴き手のイメージを無限に拡げる夢のような音楽。
僕は長い間、この人の音楽がよくわからなかった。しかし、ひとたびその魅力にとりつかれると、もはやなくてはならないものになる。ドビュッシーが後世の人々に与えた影響は計り知れない。

春爛漫。大阪の夜。昨日はドビュッシーの100回目の忌日だったよう。

ドビュッシー:
・版画(1903)(1996.6.24-27&11.25-26録音)
・映像第1集(1905)(1996.6.24-27&11.25-26録音)
・映像第2集(1907)(1996.6.24-27&11.25-26録音)
・忘れられた映像(1894)(1996.6.24-27&11.25-26録音)
・喜びの島(1904)(1997.4.23-24録音)
・マスク(1904)(1997.4.23-24録音)
ミシェル・ベロフ(ピアノ)

100年後の人々が、彼の音楽に酔い痴れる未来を果たしてドビュッシーは想像していただろうか。そして今、もし彼が生きていたらどんな音楽を書いたのだろう。
「映像」第1集が美しい。
囁くように、それでいて鋭利に魂を貫く音。ベロフの思いのこもるピアノが弾ける。
第1曲「水の反映」の心地良さ。
あるいは、第3曲「運動」の、耳について離れない主題の輝き。

沈みがちな気持の僕の前に、六月のある日、
ひだ飾のあるグレートグリーンのローブを着飾って
にこやかな彼女の姿が現れた
あのときのことも忘れてひたすら僕はみとれたものだ。
~同上書P104

「やさしい歌」から『沈みがちな気持の』に垣間見る映像美。
そして、「喜びの島」における、外に向かうパッションとエネルギーは、ワトーの絵画「シテール島への船出」に触発されたものだというが、自身の心情をこれほど見事に反映させた、人間的な音楽はなかなかなかろう。それこそ沈みがちな気持ちを鼓舞する名作。
明日からがんばろう。

 

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