King Crimson In the Court of the Crimson King (1969)

名盤「クリムゾン・キングの宮殿」が、キング・クリムゾンの、いわば名刺代わりのアルバムだったという事実を知ったとき、僕は驚愕した。と同時に、あくまで彼らがライヴにこだわった意味がとても腑に落ちた。

Epitaph Official Bootleg 1969 Epitaph Official Bootleg 1969

ロバート・フリップ自身が語るように、リリースから60年近くを経た現在でもロック史上に燦然と輝くアルバムの一つとして今なお後光が差す。

月の子 月の子

今さらながらだが、単独でこの名盤についての思いを書いていなかったことに僕は気づいたのだが、世間一般で散々語り尽くされているこのアルバムについて僕が付け加えることはもはや何もない。

おそらくバルトークやベルク、あるいはヴェーベルン等の影響を受けたであろうフリップの、一方で、より前衛的な、例えばライヒやライリーなどのミニマル・ミュージックの方法(後にはジャズの方法すらも採り入れることになるのだが)をも借りながらメンバー全員で創造された楽曲たちの、あまりに尖鋭的で、同時に抒情を含み、拡散と収斂を反復する音楽に、ロック音楽、否、ポピュラー音楽の(ある種)頂点を僕は垣間見る。

ブーレーズ指揮シカゴ響 バルトーク 弦楽器、打楽器とチェレスタのための音楽Sz.106ほか(1994.12録音) カガン リヒテル バシュメット指揮モスクワ音楽院器楽アンサンブル ベルク 室内協奏曲(1977.12Live) スティーヴ・ライヒと音楽家たち ライヒ ドラミングほか(1974.1録音)を聴いて思ふ ライリー バッファロー・ニューヨーク州立大学創造・演奏芸術センターのメンバー ライリー インC(1968.3録音)

ロバート・フリップは語る。

(1969年のライヴ・パフォーマンスが)この“地獄の威厳そして悲劇に彩られた記念すべきヘヴィさを持ち”“強大に築かれた磁場に、オーディエンスは釘付けにされるか、もしくは放り出された”、一方で“窓を粉砕することも、体を跳ねさせることも”できなかったくらい“筆舌に尽くし難いほど退屈な”(1969年12月のNYとLAのショウへのアメリカのライヴ・レヴューより)パフォーマンスを、今の世代の耳に届けることはできないし、追体験させることもできない。
~PCCY-01087ライナーノーツ

確かにクリムゾンはライヴ・バンドだった。
30年前にリリースされたライヴ盤を聴いたとき、僕はあまりの凄さにのけ反ったが、現実はそんなものではなかったということだ。むしろあの暴力的な音を「音の缶詰」に詰め込み、ある意味沈着冷静に、抜群の造形を整え、永遠不朽のレコードとして末世にまで残そうとしたのが「クリムゾン・キングの宮殿」だったのである。

イアン・マクドナルドは感傷に浸る。

面白いことに、僕たちの音楽には“ドゥーム(破滅)・ロック”というレッテルが貼られた。それはある意味では正しかったのだろう。バンドはたった1年で言うなれば破滅したわけだから。もっともこの言葉は「エピタフ(墓碑銘)」に対して充てられたのかもしれないのだが。僕にとってのアルバム中のベスト・ソングであり、思うにグレッグの全作品の中でのベスト・ヴォーカル・パフォーマンスであるこの曲に。

やはり「エピタフ(墓碑銘)」は特別な楽曲だ。
先般採り上げたザ・ピーナッツのカヴァーも素晴らしい出来だが、もちろんそれはオリジナルには敵わない。

ザ・ピーナッツ オン・ステージ The Peanuts On Stage ’72(1972.8Live)

それに、ピート・シンフィールドも「エピタフ(墓碑銘)」を挙げる。

もうたくさんだ! さあ、もう行った、行った! ヴォリュームをめいっぱい上げて、うまいタイトルのついたこのアルバム『エピタフ』の魔法の世界をたっぷり味わってくれ。愛に溢れた日々は過ぎ去ったけれど、かつて何年も前に僕が‘オリジナル’キング・クリムゾンのメンバーの1人だったなんて、たまげたものだ。考えただけでもわくわくする。フレイム、セット、マッチ。

メンバーをもすら歓喜させるオリジナル・キング・クリムゾンの奇蹟。
それは、グレッグ・レイクの次の言葉にも表されている。

振り返ってみれば、第1期キング・クリムゾンは恐れを知らないバンドだった。
魔法と言ってもいいような何か本当に特別なものが僕たちの創り出す音楽にはあった。あの実験的な“60年代”においてさえ、‘オリジナル’キング・クリムゾンは通常の限界を遥かに超えた音楽的冒険に挑んでいた。

・King Crimson:In the Court of the Crimson King (1969)

Personnel
Robert Fripp (electric guitar, acoustic guitar, production)
Ian McDonald (alto saxophone, flute, clarinet, bass clarinet, vibraphone, Mellotron Mk II, reed organ, piano, harpsichord, co-lead vocals, backing vocals, production
Greg Lake (lead vocals, co-lead vocals, backing vocals, bass guitar, production)
Michael Giles (drum set, timpani, backing vocals, production)
Peter Sinfield (lyrics, illumination, production)

そして、ライヴ・バンドであったクリムゾンのことを、正確にとらえ、語ったのがマイケル・ジャイルズだった。彼の言葉に僕はとても納得する。

我々はフリー・セクションにおいてどんどん自信を深めると“安全ネット(注:”誰かによる静止“の意)を使わずに演奏したので、時にはハラハラすることもあったが、自分たちにも観客にもそれはかなり刺激的だった。構成の決まった楽曲の中や歌メロにあわせて、さらに激しい即興演奏を繰り広げるようになった。バンドはたいていアクセル全開で、毎晩のように新しいアイデアを同じ曲の中で試していた。こういう自由な環境を作り出していたから我々はいつも刺激を受けていた。だからキング・クリムゾンのスタジオ盤とライヴ演奏とでは本質的なものが異なる、といえるかもしれない。

今となっては体験することのできない‘オリジナル’キング・クリムゾンの残されたライヴ音源を聴きながら現場を空想することと、その空想のために音楽そのものの輪郭をより明確にするスタジオ盤を交互に聴くことで、キング・クリムゾンの本来のあり方を追想する、追憶する。答は、それを聴く僕たちの心の中にあるのだろうと思う。

楽器の扱いを眺めて見ても、キーパースンはイアン・マクドナルドその人だ。
たった1枚しかアルバムを残せなかったことにイアンは随分後悔しただろうことが、そのインタビューを見て理解できるのだ。

ところで、昔からこのアルバム・タイトルが、エドヴァルト・グリーグの劇音楽「ペール・ギュント」の「山の魔王の宮殿」(”In the Court of the Mountain King”)からインスパイアされたものではないかと思っていたが、この件についての公式な見解やエピソードが一般的に認められないのが不思議でならない。

サロネン指揮オスロ・フィルのグリーグ「ペール・ギュント」(1987.5録音)を聴いて思ふ

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