ハイドシェックの「ヴィルヘルム・ケンプに捧ぐ」(1991.12.2Live)を聴いて思ふ

まる2日間音楽のない生活。
いつぶりだろう?
そんな日があっても良いと思った。
帰路、新幹線車中で聴いたイーヴォ・ポゴレリッチのブラームスに感動した。
特に、インテルメッツォ作品118-2の筆舌に尽くし難い唯一無二の表現。
たぶん、これ以上の演奏はないと思った。

嘗てわれ夢みたり、荒き恋の炎を、
美わしき巻髪を、ミルテ樹を、薫り良きもくせいそうを。
甘き唇と苦き言葉を、
仄暗き歌の悲しき節を。
「嘗てわれ夢みたり」
片山敏彦訳「ハイネ詩集」(新潮文庫)P19

久しぶりにエリック・ハイドシェックを聴いた。
「ヴィルヘルム・ケンプに捧ぐ」と題するオマージュ・アルバム。冒頭はブラームスの作品118からの3曲。第1曲インテルメッツォの意味深い独特のルバートにため息が出る。また、第2曲インテルメッツォは、速めのテンポで静かに囁くように奏でられる愛の調べ。

星が一つ落ちる、
その輝きの高みから。
今落ちてゆくのが見えるあの星は
あれは恋の星。

林檎の樹から
花や葉がたくさん落ちる。
いたずら者の風が来て
花も葉も吹き散らす。
「星が一つ落ちる」
~同上書P55-56

ハインリヒ・ハイネの詩を片手に、夜更けのヨハネス・ブラームス。
第3曲バラードは、堂々たる響きでかつ前のめりの名演奏。何て贅沢なオアシスか。
それより何より、煌くヘンデルの組曲を前奏に繰り広げられる「ヘンデル変奏曲」の醍醐味。
愛らしい旋律に鬼神が乗り移るような魔性はハイドシェックの真骨頂。特にフーガ部の解放!

ヴィルヘルム・ケンプに捧ぐ
・ブラームス:6つの小品作品118
―第1番間奏曲イ短調
―第2番間奏曲イ長調
―第3番バラードト短調
・ヘンデル組曲ト短調
・ブラームス:ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ作品24
・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第30番ホ長調作品109
・ドビュッシー:前奏曲集第1巻
―第1曲「デルフィの舞姫たち」
―第2曲「帆」
エリック・ハイドシェック(ピアノ)(1991.12.2Live)

今さらながら、ベートーヴェンの作品109は、何て深遠で美しい音楽なのだろう。
ベートーヴェンの後期作品は永遠だ。終楽章アンダンテ,モルト・カンタービレ・エド・エスプレッシーヴォは本当に切ないファンタジー。

なごやかな月の女神よ!その心ばえの女らしく
見事な夫を今も慕いやめない。
夕されば、うちふるえつつ蒼ざめて
軽やかなむら雲の中から覗き出で
悲しげに、別れ行く日輪の後を見送り、
不安げに呼び掛けたそう。「還り給え!わが背の君よ!
児らは皆、君を慕う!」と。
「日没」
~同上書P93

当時、全盛期だろうハイドシェックの演奏は、どれも生き物のように蠢き、他の誰のものとも異なる風趣を醸す。ドビュッシーの前奏曲が、第1巻最初の2曲だけなのが惜しい。この色香に満ちる音色で、第3曲「野を渡る風」以降も聴いてみたかった(第2巻も)。それにしても第2曲「帆」の神秘感がすごい。

 

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