ブルックナーという生き方

bruckner_quintet_vienna_philharmonia_quintet.jpgお陰さまで昨日提案したコンテンツを採用いただくことになった。既存のワークを少しばかりアレンジしただけなのでそもそも大した労力はかかっていないのだが、それはそれで嬉しいものだ。

もう長いことブルックナーをきちんと聴いていない。きちんと聴いていないというのは、実演はもちろんのこと音盤ででも正座をして向き合っていないということ。ちなみに、10代の後半から30代前半までの10数年間は、僕のブルックナーの音楽に対する最も濃密な期間だった。録音はもちろんのこと、朝比奈先生の公演が東京である場合は、何がなんでも駆けつけた。それくらいブルックナーの音楽に恋していた、そんな時代だった。

第7交響曲に触れ、即座にブルックナーの世界に開眼した僕は、その後、第8、第4、第9、と順番に聴き込んでいった。今でこそ、第5交響曲は彼の交響曲の中で最高峰だと評価しているが、当時は最もとっつきにくく、何度聴いてもピンと来ない、そんな作品だった。そのゴツゴツした雰囲気がどうも自分の肌に合わないと勝手に決めつけていた、そんな若気の至りの頃。しかし、ちょうど同じ頃、第5交響曲を上梓して間もない時期にブルックナーが生み出した珍しい室内楽曲を聴いて、その流麗な響きに、当時最も愛して止まなかった第7交響曲に通じる「匂い」を感じ、日夜アナログ盤に耳を傾けていた。

ブルックナー:弦楽五重奏曲ヘ長調
ウィーン・フィルハーモニー五重奏団

久しぶりに耳にした。久しぶり・・・だが、懐かしい。全曲の白眉はやっぱり第3楽章アダージョ・・・。ブルックナーの緩徐楽章をこよなく愛する僕にとって、この作品のそれも例外ではない。ブルックナーは生涯交響曲に身を捧げたが、こういう音楽を聴くと他のジャンルにも力を注いでもらいたかったと思ってしまう。

ところで、「カンブリア宮殿」で、孫正義氏が「理念とビジョン」を明確にすることの重要性を語っておられたのを聴いて「なるほど」と思ったことは以前も書いた。ところが、よくよく自分のことを振り返ってみると、ホームページのどこにも「理念」や「ビジョン」を具体的に書けていないことに気がついた。孫さんは番組中で「とにかく計画に主眼を置き、計画を練りこむことに時間と労力を費やす会社が日本の企業には多い」と言っておられたが、僕自身も目先のことでいっぱいになり、理念やビジョンというものをきちんとすることを忘れていたことを今更ながら痛感させられた。この際、岡本浩和が何を目指しているのかを誰にでも端的にわかるように、そしてどんなときもわかりやすく答えられるように整理してみることにする。

そんなことを考えながら・・・、
アントン・ブルックナーという野人は、その改定癖からいかにも軸がぶれていそうな人のように思えるが、実は、これほど明確な「理念」と「ビジョン」に基づいて作品を書き続けた音楽家はなかなかいないのでは、とあらためて思った。いや、やっぱりすごい、この人は・・・。


3 COMMENTS

雅之

おはようございます。
ブルックナーの弦楽五重奏曲のアダージョっていえば、弦楽合奏編曲版での隠れた名盤をご存じですか?
ブルックナー:交響曲 ヘ短調(第00番「習作」)/弦楽五重奏曲 ヘ長調 – アダージョ(弦楽オーケストラ編)
アシュケナージ指揮 ベルリン・ドイツ響
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%96%E3%83%AB%E3%83%83%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%83%BC-%E7%AC%AC00%E7%95%AA%E3%80%8C%E7%BF%92%E4%BD%9C%E3%80%8D-%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E4%BA%94%E9%87%8D%E5%A5%8F%E6%9B%B2-%E3%82%A2%E3%83%80%E3%83%BC%E3%82%B8%E3%83%A7-%E5%BC%A6%E6%A5%BD%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E7%B7%A8/dp/B00000IYO0/ref=sr_1_1?ie=UTF8&s=music&qid=1282943392&sr=8-1
この録音はですね、アシュケナージのブルックナーへの愛を、すごく感じて、私大好きなんですよ!! アシュケナージは「ブルックナーはようわからん、嫌い!」ってなこと過去に言って、ブルオタの皆さんを大いに怒らせましたけど、ちとステロ・タイプでしたね(笑)。「嫌い、嫌いも好きのうち」ですわ、はい(笑)。アシュケナージのこの勇気ある「行動のぶれ」に心から拍手を贈りたいです。
>アントン・ブルックナーという野人は、その改定癖からいかにも軸がぶれていそうな人のように思えるが、実は、これほど明確な「理念」と「ビジョン」に基づいて作品を書き続けた音楽家はなかなかいないのでは、とあらためて思った。
私、軸がぶれちゃだめっていう人大嫌い! そんな人、この世のどこにもいないもん。
「人として軸がぶれている」 作詞:大槻ケンヂ
http://www.youtube.com/watch?v=Mh4qgYzSftU&feature=related
 深夜俺はテレビを見ていた
 やることもないからぼーっと見ていた
 ザッピング成功者が褒められていた
 (あの人は軸がぶれてない 素敵)
 興味ねぇや そう思って消したよ
 もう寝るぜ 明日からまたバイトだ
 寝付けずに俺は漫画をめくった
 グラビアのアイドル微笑んでいた
 (アスリートが私のタイプなのよ
 彼らったら軸がぶれてない 素敵)
 わかったぜ報われぬ その訳
 人として 俺軸がぶれてんだ
   それならば
 居直れ もう ぶれぶれぶれぶれぶれまくって
 震えてるの わかんねぇようにしてやれ
 ずれるぜ もうぶれぶれ人間でもきっと
 君がいたら 変わる
(あたしがいるよ 気づいて)
 軸のぶれを波動と考えろ
 このぶれが世界をも変えるだろう
 人も俺に気づかざるを得ない
 今はただ震えて見えたって
 もう わかったぜ報われぬ その訳
 人として 軸がぶれているのさ
 ああ わかったぜ震えてる その訳
 誰からも支えられてないからさ
    居直るんだ
 僕らは もうぶれぶれぶれぶれぶれまくって
 震えてるの わかんねぇようにしてやれ
 ずれるぜ もうぶれぶれ人間でもきっと
 君に会えば 変わる
  (あたしがいるの 気づいて)
この曲は21世紀の井上揚水「傘がない」だ!!
《明確な「理念」や「ビジョン」など持たず、ぶれるのも気にせず、いとわず、弾力的かつ柔軟に行動する》 そういう主張だって明確な「理念」や「ビジョン」です!!、なんちゃって(笑)・・・パラドックス!
でも人生にはそういう時期も必要じゃないかな。

返信する
岡本 浩和

>雅之様
おはようございます。
弦楽五重奏曲のアダージョ楽章の弦楽合奏版があるとは知りませんでした。しかもアシュケナージ(苦笑)!!ブルックナーの批判してましたものね・・・。いや、でもこれは興味深いです。
あと、大槻ケンヂの曲についてもご教示いただきありがとうございます。この曲については全然知りませんでした。
しかし、こんな曲が書けること自体、大槻ケンヂは軸がブレてないですね。自分の思考を客観的にみることができ、主張に矛盾がないところが素晴らしいです。
雅之さんも「私、軸がぶれちゃだめっていう人大嫌い!」なんて言いながら、軸はいつも一切ブレないですよ!!(笑)
本当にブレてしまっている人は大槻ケンヂのような歌詞は書けないですし、『明確な「理念」や「ビジョン」など持たず、ぶれるのも気にせず、いとわず、弾力的かつ柔軟に行動する》 そういう主張だって明確な「理念」や「ビジョン」です!!』なんてかっこいいことは言えません!

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む