女というもの

clara_schumann_dartington_piano_trio.jpg一昨日の記事に雅之さんからコメントを頂き、早速「現代ギター」8月号を探しに歩いた。というより、たまたま表参道、銀座方面に所用があったので、河合楽器、山野楽器に寄っただけなのだが、既に9月号が店頭に並んでおり、残念ながら手に入れることができなかった。その旨雅之さんにメールでお伝えしたところ、当該ページをご丁寧にファックスでいただいた。お忙しい中、勝手なお願いにもかかわらず素早い対処に感激している。毎々ありがとうございます。

この記事、「シューマン夫妻とブラームスの『闇』について考える」ということだが、さすがに『闇』がテーマであるだけに実に物々しく、重い。確かにこの三者の間には一般的に知られた歴史的事実と、どんなに学者が研究をしようとも最終的には推測の域を出ない想像があり、これまでも様々な考えが発表されていると思われるが、いずれにせよ後世の我々にどれが正しいのかを計る術はまったくなく、どんな意見、考察が出てきても興味深く読める。

完全に完成した(シューマンの)作品を、「故人のためにならない」と決断したり(ヴァイオリン協奏曲の場合)、楽譜の後半を未公開にして主題だけを発表するに留めたり(〈最後の楽想/天使の主題による変奏曲〉)、初演まで終えていた小品集のすべての楽譜を完全破棄(!)してしまったり(〈チェロとピ
アノのための5つのロマンス〉1853年11月初頭完成、13日?初演)、というクララとブラームスの行為の正当性は、やはり問わねばならない。

これを暴挙というのか正当な判断というのか、うーむ、難しい問題だ。確かに後世の我々からみたら「暴挙」と映るだろうし、一方、当事者からしてみると相応の理由が存在しただろうゆえその意味では「正当」だし、やっぱり一概に正否は判断できない。例えば、クララとブラームスが個人的な書簡の大半を処分したとい
うことについても、(僕の場合ブラームス党だから)シューマン命の方には申し訳ないが、そういう証拠隠滅的な行為そのものも何だかわかる気がするし、許せる。それよりクララ・シューマンという女性の計算高さというかあざとさが僕には気になって仕方がない。結局ロベルトもヨハネスもクララという一人の女性に振り回された、そういうことなのではないかとも考えられる(クララのファンの皆様ごめんなさい)。まぁ、いつの時代も男は弱いものです・・・。

クララ・シューマン:ピアノ三重奏曲ト短調作品17
ファニー・メンデルスゾーン:ピアノ三重奏曲ニ長調作品11
ダーティントン・ピアノ・トリオ

クララの三重奏曲は夫のロベルト、愛弟子のヨハネスのそれとはまた違った印象を与える。どちらかというとフェリックス・メンデルスゾーンの影響を受けているのではないかと思わせる内容だ。それより何より、1847年、死の年にファニー・メンデルスゾーンが書き上げた三重奏曲の素晴らしさよ。ここには弟フェリックスの魂も木霊する。ほぼ同時期に亡くならざるを得なかった姉弟の絆がひとつに結ばれるが如くの心の叫びであり、狂おしさ。

康郎君が急遽実家のある大阪転勤を命じられたということで、サシで呑んで語った。彼のいいところは素直なところ。志半ばで東京を離れるのは悔しいらしいが、一方で、お母さんはとても喜んでいるのだと。なぜか室生犀星の詩が頭を過ぎった。

ふるさとは遠くにありて思ふもの
そして悲しくうたふもの
よしや
うらぶれて異土の乏食となるとても
帰るところにあるまじや
ひとり都のゆふぐれに
ふるさとおもひ泪ぐむ
そのこころもて
遠きみやこにかえらばや
遠きみやこにかえらばや
~「小景異情」


4 COMMENTS

雅之

おはようございます。
クララとブラームスの行為の件、おっしゃるとおりだと思います。
いつも申しておりますように、時代や社会によって絶えず変化してゆくのが善悪や正義の定義です。だから、これも音楽史の一コマというだけのことなのでしょうね。
いずれにせよ、我々が、もはや歴史上の人物である彼らを断罪する資格はないです。
突然ですが、クララやブラームスと私達はどちらが悪いか?
私達のほうが後世の人から見たらずっと罪が重いじゃないでしょうか。
ブラームスの時代と比べ、一人当たり15~20倍以上もの二酸化炭素を消費し環境破壊し尽くして生活し、原子力発電によって大量の核廃棄物を地球に蓄積させ、景気対策と称して孫子の世代の財布からお金をふんだくって暮らしている我々は、全員「極悪人」そのものです。
「正義の反対は悪なんかじゃないんだ。
正義の反対は『また別の正義』なんだよ」・・・「クレヨンしんちゃん」のお父さん、野原ひろしの名言
>クララ・シューマンという女性の計算高さというかあざとさが僕には気になって仕方がない。
そう、私などは、「ファム・ファタール」(男を破滅させる魔性の女)の権化、アルマ・マーラー
http://www.geocities.jp/takahashi_mormann/Articles/almamahler
とオーバーラップして仕方がないです。
「ファム・ファタール」がいなかったら、シューマンもブラームスもマーラーもムンクも・・・、その他大多数の男性の芸術家は、後世に残る傑作を残せなかったでしょうね。
私の今朝のおススメCD
クララ・シューマン:作品集
・ピアノ協奏曲 イ短調 Op.7
・ピアノ三重奏曲 ト短調 Op.17
フランチェスコ・ニコロージ(ピアノ)
ロドルフォ・ボヌッチ(ヴァイオリン)
アンドレア・ノフェリーニ(チェロ)
アルマ・マーラー・シンフォニエッタ
指揮: ステファニア・リナルディ他
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1074477
ファニー・メンデルスゾーンも、クララ・シューマンも、アルマ・マーラーも、もっと我々男のクラヲタは彼女たちの作曲家としての実力を、ちゃんと認めるべきです。男性作曲家が傑作を生みだす源泉にあった人の霊感を・・・。
※ファニー・メンデルスゾーンの三重奏曲、私も大好きです。

返信する
雅之

正誤表(いつもミスが多く、すみません。半分寝ぼけているようです・・・苦笑)
×一人当たり15~20倍以上もの二酸化炭素を消費し環境破壊し尽くして生活し、
○一人当たり15~20倍以上もの二酸化炭素を排出し、環境破壊し尽くして生活し、
×指揮: ステファニア・リナルディ他
○指揮: ステファニア・リナルディ
そういえば、私のオススメしましたクララ・シューマンのCD、過去にもご紹介してましたよね(笑)。でも、若きクララの書いたピアノ協奏曲は、何回聴いても素晴らしい作品だと思います。
過去おススメしたCDついでに、「アルマ・マーラー(パヌラ編):歌曲全集」ももう一度・・・。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1956221
・・・・・・夫から献身だけを求められ、作曲の才能を封じ込まれたことに、アルマは「自分の人生を生きていない」と感じていたのである。・・・・・・
そのアルマの痛切な心情に、思いを馳せてみたいのです。アルマの才能をビンビン感じることのできる、じつに魅力的なアルバムです。

返信する
岡本 浩和

>雅之様
こんにちわ。
>突然ですが、クララやブラームスと私達はどちらが悪いか?
私達のほうが後世の人から見たらずっと罪が重いじゃないでしょうか。
そうですね。いつの時代も「現代人」はそういうことに気がつかないものです。
>「ファム・ファタール」がいなかったら、シューマンもブラームスもマーラーもムンクも・・・、その他大多数の男性の芸術家は、後世に残る傑作を残せなかったでしょうね。
このあたりは以前も話題にしましたよね。まったく同感です。
>我々男のクラヲタは彼女たちの作曲家としての実力を、ちゃんと認めるべきです。
おすすめの音盤は結局未聴です。二度目ということで聴いてみます。アルマの歌曲全集についても・・・。

返信する
アレグロ・コン・ブリオ~第3章 » Blog Archive » ファニー・メンデルスゾーン ピアノ作品集

[…] 何十年も、僕の中でフェリックス・メンデルスゾーンは二流作曲家だった。一部の有名な作品については知悉していたものの、その生涯はもちろんのこと、数多くの室内楽作品についてもつい最近までほとんど知らないという状態だった。3年前の講座で初めてメンデルスゾーンを採り上げたとき、その天才にようやく気づき、フェリックスについてはよりたくさん聴き漁り勉強した。ファニーの存在の重要性をわかりながらも、彼女についての掘り下げはここ数ヶ月のこと。1年近く前に採り上げたピアノ・トリオも素晴らしい作品だと思ったし、先日の「歌曲集」についても感動した。でも、それ以上に感動したのはこのピアノ作品集。本当に素晴らしい! […]

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

アレグロ・コン・ブリオをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む