サロネン指揮ロス・フィルの「バッハ編曲集」(1999.10録音)を聴いて思ふ

しばらく忘れられた存在であったバッハの音楽は、19世紀前半のメンデルスゾーンの蘇演以降、俄然大作曲家の注目するところになったが、しかし、一般大衆に裾野を広げるまでにはまだまだ時間を要した。そして、20世紀に入り、幾人もの天才たちが、やはりバッハの音楽に憧れ、数多の編曲作品を残したところから、彼の音楽は教会を、宗教を超え、多くの人々に愛されるものとなった。

かの崇高な聖なる音楽たちが、地上に舞い降りる如く何とまた愛らしく、意味深く鳴り響くことか。バッハの音楽はそこに至り、ある意味俗性を獲得したのである。

例えば、マーラーが管弦楽組曲第2番と第3番から抜粋し、いわば4楽章の交響曲に仕立てた「マーラー版管弦楽組曲」の美しさ。エサ=ペッカ・サロネンがロサンジェルス・フィルハーモニーを指揮して録音したそれは、いかにも作曲家らしい視点で捉えた知性溢れる解釈で、おそらく万人に愛される色艶としっとりとした水分を含んだ温かさを持つ名演奏だ。

当地の私の職務にはしごく満足しております。私の演奏会にもあなたに来ていただきたいものです。最近ではバッハの演奏会に格別の喜びをおぼえました、オルガンのためのバッソ・コンティヌオを拵えまして、スタインウェイによってこのために準備された非常に大きな音の出るスピネットを私が弾き即興演奏も付け加えました—すっかり昔の楽人たちの流儀に倣ったのです。—すると私にとって(また聴衆にとっても)じつに驚くべき効果が現れたのであります。—一条のスポットライトを浴びたかのごとくこの埋もれた音楽文献が照らし出されてくっきり浮かび上がったのです。いかなる現代の曲よりも(色彩の点でも)強烈な効果を発揮しました。私は今までになかったほどの好評を得ました。
(1909年11月19日消印、ニューヨークのマーラーからパウル・ハンマーシュラーク宛)
ヘルタ・ブラウコップフ編/須永恒雄訳「マーラー書簡集」(法政大学出版局)P389

温故知新。今も昔も、人々は真の癒しを求めているのだと思う。
どんな形になろうと、バッハの音楽は僕たちに安寧をもたらしてくれる。

バッハ・トランスクリプションズ
J.S.バッハ:
・トッカータとフーガニ短調BWV565(ストコフスキー編)(1999.10.6録音)
・幻想曲とフーガハ短調BWV537(エルガー編)(1999.10.7録音)
・音楽の捧げものBWV1079~第2番6声のリチェルカーレ(ヴェーベルン編)(1999.10.7録音)
・前奏曲とフーガ変ホ長調BWV552「聖アン」(シェーンベルク編)(1999.10.6録音)
・小フーガト短調BWV578~フーガ(ストコフスキー編)(1999.10.6録音)
・オルガン、ハープシコードと管弦楽のための組曲(マーラー編)(1999.10.7録音)
—管弦楽組曲第2番ロ短調BWV1067~第1曲序曲
—管弦楽組曲第2番ロ短調BWV1067~第2曲ロンドと第7曲バディネリ
—管弦楽組曲第3番ニ長調BWV1068~第2曲エア
—管弦楽組曲第3番ニ長調BWV1068~第3曲ガヴォット1&2
エサ=ペッカ・サロネン指揮ロサンジェルス・フィルハーモニック

エルガー晩年の編曲による「幻想曲とフーガハ短調」の浪漫的な美しさは類を見ない。特に幻想曲はあまりに巨大な交響詩の如く心底に響き、続くフーガの急速で複雑な音塊はバッハの信仰心を見事に表出しており、恐るべきエネルギーをもって僕たちに語りかけてくるのである。

また、シェーンベルクによる「前奏曲とフーガ」も小難しい音調を示さず、何とも開放的でありながら、しかしシェーンベルクらしい知的かつ信仰に満ちているのが特長。同時期に作曲が進められていた(結果未完となったが)渾身の歌劇「モーゼとアロン」での自身の主張を刷り込むかのように、ここには聴覚的に訴える神性が読みとれる。

《モーゼとアロン》において展開されるユダヤの神の神性は、不可視であり、具象的ではないが、聴覚的に捉えられるものである。たしかに、一般に理解されているユダヤ思想の長い伝統は、一神教的で聴覚的な文化であり、多神教で視覚的であるギリシャの思想と文化と格好の対照をなしている。
石田一志著「シェーンベルクの旅路」(春秋社)P364

サロネンがシェーンベルクの魂と同期する。
そして、レオポルド・ストコフスキーの編曲による有名な「トッカータとフーガ」及び「小フーガ」。豪快な色彩と音量にそれを初めて聴いた人々はぶっ飛んだのかもしれない。あまりに俗っぽくなりすぎていると言われればそれまでだが、バッハの音楽を世に広めるという意味でストコフスキーの編曲は随分貢献したのではないか。サロネンはここぞとばかりに思い入れたっぷりにバッハへの愛を、そしてストコフスキーへの尊敬の念を転写し、音化する。
さらには、ヴェーベルン編曲による「リチェルカーレ」の静謐な祈りに感極まる。何と慈悲深い響きよ。サロネンは心からバッハに共感しているようだ。素晴らしい。

 

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