ファソリス指揮コンセール・スピリチュエルのモーツァルト「イシスの神秘」(2013録音)を聴いて思ふ

モーツァルトが背後に隠した真意はスポイルされ、ザラストロとミレーネ(夜の女王)の引き起こす数多の試練を乗り越えたイスメノール、すなわちタミーノとパミーナの恋愛ロマンスとして物語が再構成された(ルートヴィヒ・ヴェンセスラウス・ラフニト編曲による)「イシスの神秘」。1801年8月20日にパリで初演された、このフランス版「魔笛」は、グランド・オペラとしての体裁が整い、またさすがに物語がわかりやすくなっているせいか、当時の聴衆に賛美され、1827年までに128回も上演されたという代物。

モーツァルトの音楽の、随所に散りばめられた魔性は引き継がれ、どれほどプロットをいじられようと、びくともしない。改変された筋の是非はこの際横に置こう。あるいは、登場人物の名前すらパミーナとザラストロ以外、以下のように(どういうわけか)変更されている点も無視だ。

タミーノ⇒イスメノール
パミーナ
パパゲーノ⇒ボッコリス
夜の女王⇒ミレーネ
ザラストロ
パパゲーナ⇒モナ
モノスタトス⇒庭師

序曲が終るや登場するのはタミーノではなく、ザラストロ。ここで彼は、不滅の女神たるイシスを賛美するのだが、ここで使用される音楽は、「魔笛」第2幕フィナーレのザラストロのアリアと僧侶たちの合唱前半部分であることが印象的。「魔笛」の中で最も崇高で、最も心に響く音楽が冒頭に置かれることで、僕たち聴衆が思わずこの物語に引き込まれるだろうという仕掛けなのである。

本来「魔笛」での、ザラストロと僧侶たちの言葉は(僕が思うに)もっと深い。

ザラストロ:
太陽の光は夜を追いはらい、偽善者の不正な力を打ち滅ぼした。
僧侶たちの合唱:
汝ら浄められた人たちよ、ばんざい!
汝らは夜を押しおけた。
オシリスの神よ、汝に感謝する、
イシスの神よ、汝に感謝する!
アッティラ・チャンバイ/ディートマル・ホラント編名作オペラブックス「モーツァルト魔笛」(音楽之友社)P185

「魔笛」は単なる勧善懲悪の物語ではない。ましてや恋愛物語であるはずもない。陰陽を超えた、一なる真理を顕す物語であり、そこに付された音楽はこれ以上ないというほど神々しいものだ。ただし、それだと、一般大衆に認知されるのにはハードルが高いと、編曲者他この初演にかかわるすべての人たちが考えたのだろう(「魔笛」を世に広めるにはそれで良かったのだけれど)。

・モーツァルト:歌劇「イシスの神秘」(ルートヴィヒ・ヴェンセスラウス・ラフニト編曲)
エティエンヌ・モレル・ド・シェドヴィル(台本)
シャンタル・サントン=ジェフリ(パミーナ、ソプラノ)
マリー・ルノルマン(モナ、メゾ・ソプラノ)
レナータ・ポクピチ(ミレーネ、ソプラノ)
セバスティアン・ドロワ(イスメノール、テノール)
タシス・クリストヤニス(ボッコリス、バリトン)
ジャン・テジャン(ザラストロ、バス)
カミーユ・ポール(第1の侍女、ソプラノ)
ジェニファー・ボルギ(第2の侍女、メゾ・ソプラノ)
エロディ・メシャン(第3の侍女、ソプラノ)
マティアス・ヴィダル(牧師、テノール)
マルク・ラボネット(庭師、バリトン)
フランダース放送合唱団
ディエゴ・ファソリス指揮ル・コンセール・スピリチュエル管弦楽団(2013.11.22-23録音)

カットや入れ替えや、様々な工夫(?)が施された音楽そのものはやっぱり美しい。
しかし、終幕最後のシーンには、僧侶たちの合唱の後半の音楽が使用されるものの、舞台で繰り広げられるのは、イスメノールとパミーナの結婚式なのである。(愕然)

合唱:
愛の花々を集め、急いで結婚式を挙げよう。
温かい愛の心に陶酔し、永遠に楽しもうではないか。

ジャケットのモチーフが「日の丸」であるのは、原作のタミーノが日本の狩衣をまとった青年であるからだろうが、物語そのものが改変されているゆえ、そもそも意味が通じなくなっているのが残念。また、録音そのものも新しい割りに音圧が低く、感興を削ぐ。
ただし、「魔笛」を下地にしたまったく別の歌劇として捉えるならこれほど面白いものはなかろう。

 

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