リヒテル&カラヤン指揮ウィーン響のチャイコフスキー協奏曲(1962.9録音)ほかを聴いて思ふ

丁々発止(?)の、小気味良い演奏。
指揮者が自分のやりたいように仕切ったのだとピアニストは言うが、僕にはむしろピアニストの主張の方が激しいように思われる。確かに第1楽章ホルンの咆哮の導入から圧倒的だ。しかし、オーケストラの提示に続くピアノの独奏に触れたとき、間違いなくピアニストが主導権を握る演奏だと確信した。堂々たるピアノの音色に心が動く。

カラヤンはこれが「交響曲風の協奏曲」であると主張したので、私もできるだけ彼に協力した。カデンツァでさえ、ピアノの響きは目立ってはいけない。「クアジ・アダージョ」(第1楽章第604小節)では、花火を上げてはいけないんだ!ここでは絵画の点描主義に似た技法を用いる。つまり、スーラだよ!原色による小さな点で描いていく。揺らめくような、振動するような光が表現される。「グランド・ジャット島の日曜日の午後」にも似たものだ(あれはまさにチャイコフスキーだ。ああいう洗練された手法は、彼のスタイルにも共通する)。
ユーリー・ボリソフ/宮澤淳一訳「リヒテルは語る」(ちくま学芸文庫)P213

リヒテルの演奏には不思議な余裕と魅力がある。
おそらく彼の音楽はマイクには入り切らないものだろう。
それに、音盤で繰り返し何度も聴く代物ではないようにも思う。晩年のステージは、照明を極限まで落とした異様な雰囲気の中で行われたが、それこそ「一期一会」を要求する、計算というよりピアニストのその場限りの自然体が美しく表される厳粛な儀式のようだった。

しかし、壮年期の彼の演奏は実にコントローラブルだ。少なくとも録音で聴く限り、鋼鉄のような強靭さとシルクのような柔らかさを併せ持つ中庸の音楽が、どこか遠慮がちに響くと感じたのは、カラヤンの不要な操作があったからなのかもしれない。

・ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調作品18
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
スタニスワフ・ヴィスウォツキ指揮ワルシャワ・フィルハーモニー管弦楽団(1959.4.26-28録音)
・チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調作品23
スヴャトスラフ・リヒテル(ピアノ)
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン交響楽団(1962.9.24-26録音)

静けさに溢れる第2楽章アンダンティーノ・センプリーチェはカラヤン劇場ともいうべき繊細さ。一方、終楽章アレグロ・コン・フオーコは、時にオーケストラが喧しいくらいに唸るが、対してリヒテルのピアノはあくまで自身のペースを維持し、美しい音楽を奏でる。

ビューローは「とても難しいが、その価値はじゅうぶんにある」(ヴェルツに1875年9月19日)と、新作の練習を楽しみ、「1875年10月25日、ボストンで初演。ピアニストは若い指揮者B・J・ラングと楽員に、テンポと解釈を長々と語り本番にこぎつけた。そして初演後の興奮さめやらぬなか、ニューヨークとフィラデルフィアで成功すれば評価は定着するとクリントヴォルトに礼を述べている(10月31日)。11月22日のニューヨーク初演(ダムロッシュ指揮)は大成功。すぐ再演が決まり作品の決定的勝利となる。
伊藤恵子著「作曲家◎人と作品シリーズ チャイコフスキー」(音楽之友社)P70

名曲が初めて音になった瞬間のドキュメントというのは、想像するだけで手に汗握るもの。ここには歴史の重みがある。

そして、言わずと知れた名演の誉れ高いラフマニノフのハ短調協奏曲。
リヒテルの演奏には、いかにも神経衰弱から復活を遂げたラフマニノフの、不健康な青白い音調が聴きとれる。顕著なのは第1楽章モデラート。冒頭「鐘」の主題から何という感動を喚起するのか!同時に、第2楽章アダージョ・ソステヌートの、胸を掻きむしられんばかりの哀愁はリヒテルならでは。

ある日のリハーサルで、人気のない反響のよい客席にこのアダージョが鳴り出した時、タネーエフと並んですわっていた若いトーリャ・アレクサーンドロフは驚いて隣の人を見やった。セルゲイ・イワーノヴィチの頬を大粒の涙が伝わっていた。
「これは素晴らしい!」震える声でこうつぶやいた彼は、急にどぎまぎして顔を背け、ハンカチで口を押えて切れ切れに深く咳きこんだ。
ニコライ・バジャーノフ著 小林久枝訳「伝記ラフマニノフ」P222

師タネーエフが涙を流して感動したという逸話がまた僕たちの魂を揺さぶる。
終楽章アレグロ・スケルツァンドもラフマニノフへの尊敬とロシアへの愛情こもるリヒテルならではの凄演。

 

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