綿婚式に

franck_debussy_kyungwha_lupu.jpg
別に意図したわけではないが、結婚記念日にラドゥ・ルプーの弾くシューベルトの最後のソナタを聴きながら、愛を語り合おうと思っていたのに(笑)、当人の急病帰国のため計画倒れになった(涙)。こういう悔しい思い出は今までもいくつかある。例えば、バーンスタインの最後の来日公演のこと。または、カルロス・クライバーが92年にウィーン・フィルと来日公演をする予定だったのが、直前にキャンセル、シノーポリに代わったこと。あるいは、朝比奈先生が2001年10月に倒れられて、11月の大阪フィル東京公演がなくなったこと、などなど。それぞれ厳密には性格は違うものだが、やっぱり一番ショックだったのはバーンスタインの時だろうか・・・。何せ最初の2公演のチケットは手に入れていたのに、友人に譲ってしまったという失態もさることながら、その3ヶ月後にこの大音楽家は急逝してしまったのだから。 

今回のルプーに関しては、その時と同じくらいの「無念さ」が身体の中に残っている。これまでずっとルプーというピアニストを追っかけてきたわけではないのに、である。不思議にそれくらいに楽しみにしていた。自分でもおかしくなるくらいミーハー的なところがあるのかも。例えば、9年ぶりといわれるだけで貴重な体験と思って飛びついてしまうところなど(笑)。まぁでも、僕が最初に彼の洗礼を受けたのは、ご多分にもれずグリーグのコンチェルトだったし、その後もブラームスの後期作品集やチョン・キョンファとの共演盤にノックアウトされた。

菊地成孔氏からいろいろと教わったお陰で(あくまで書籍からだが)、一層ドビュッシーの特異性、というか天才性に興味を持ちつつあるという意味合いから、久しぶりに例の音盤を取り出してみた。

フランク:ヴァイオリン・ソナタイ長調
ドビュッシー:ヴァイオリン・ソナタ
チョン・キョンファ(ヴァイオリン)
ラドゥ・ルプー(ピアノ)

ドビュッシー最後の作品はゆらゆら蠢く。第一次世界大戦の真っ只中、あと1年の命と宣告されたドビュッシーが書いた明るく健康的な音楽。
自身を嘲笑するかのように彼は手紙を書く。

「一種の二重現象によって―むしろ自然現象というべきでしょうか?―それは生命力に満ち、ほとんど歓喜の念にあふれています。(中略)それ以外は、私は相変わらず、虚無の製造工場にどっぷり浸かっています」(1917年5月21日、ドビュッシーからヴァレリー=ラドーへの手紙)~「ドビュッシー―想念のエクトプラズム(青柳いづみこ著)」

死に向かう状態というのは、一方で生を謳歌する作業と等しいものなのか?

主役であるチョンのヴァイオリンはもちろんのことだが、初演の時も作曲者自身がピアノ・パートを受け持ったというだけあり、ルプーのピアノがなくてはならない色を添える。この二重性をキョンファとルプーの二人が見事に再現する。綿婚式に乾杯!


6 COMMENTS

雅之

こんばんは。
ご紹介の盤は空前絶後の名盤だと思っています。国内初出LPの時からの究極の愛聴盤です。ルプーのデッカの音盤もみんな聴いていますし、その美音は、いつも聴き惚れるのみです。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3792323
けれども、それでもなお、チョン・キョンファも含め、外国の演奏家を特別にありがたがるつもりも偶像化するつもりもまったくありません、たとえ信じられないほど素晴らしい実演など聴いていなくとも・・・。
何故なら、彼らも日本人の名演奏家も皆同じく平等に、強さも弱さも併せ持った、ただの人間にすぎないからです。
日本人が、日本の演奏家に異常なほど冷たい深層心理は、やはりコンプレックスの裏返し以外の何物でもないとも思います。
私がお二人の記念すべきめでたい綿婚式に、自信を持ってお贈りしたい言わずと知れた日本人の名演を・・・。
ブラームス ピアノ協奏曲第1番 伊藤恵(p) 朝比奈隆/新日本フィル
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1085052
日本人の名演奏家の夫である岡本さん、何とお幸せなことでしょう!!

返信する
岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
>日本人が、日本の演奏家に異常なほど冷たい深層心理は、やはりコンプレックスの裏返し以外の何物でもないとも思います。
そうですね。僕自身も若い頃は「外人演奏家」をありがたがっていました。確かにコンプレックスの裏返しだったかもしれません。
ご紹介の朝比奈先生と伊藤恵のブラームス、これは本当に名演です!(実演も聴いております)
http://opus-3.net/blog/archives/2007/09/post-123/
僕は幸せなんですね・・・(笑)。

返信する
雅之

こんばんは。
前回の続きの話題を・・・。
私を含めた日本人の典型的コアなクラシック音楽ファンに極めて多い、特定の有名外国人演奏家を神格化する行為と、(評論家がベタ褒めする一握りを除いた)多くの邦人演奏家への極端な無関心や無視もしくは返す刀での小姑的行為っていうのは、自動車マニアにおける「レクサス」と「ベンツ」での譬えのほうが適切かもしれませんね(一部の評論家の意見に洗脳・左右されやすいところもクラヲタと自動車マニアはよく似ている)。
トヨタがどんなに頑張って、「レクサス」がどんなに高度な進化を遂げようとも、「ベンツ」のファンは日本人による「トヨタ・ブランド」では絶対に納得しないものです。あくまでも「ベンツ・ブランド」の車に乗らなきゃ駄目なのです。
ところが、最下層階級の私ときたら、上記のような行為に加え、トヨタ「レクサス」どころか、ダイハツの軽自動車にだって、作り手(メーカー)の車に対する心意気さえしっかり感じ取ることができたならば、ベンツ以上に車を運転する至福の喜びを得ることができ、ちっちゃな日本車でも心から愛し憧れる人種なのです。
というわけで、私もついに日本人名演奏家による翌週のリサイタルにも家族で行くことにしました(笑)。
小山実稚恵 ピアノリサイタルシリーズ「音の旅」第10回
~究極のロマンシティズム~ 
 Theme color 薄い深緑ー
濃厚な密度・自分の内側・自然から発せられるもの
曲目
ショパン:前奏曲 嬰ハ短調 作品15
ショパン:24の前奏曲 作品28
シューマン:交響的練習曲
http://www.munetsuguhall.com/concert/201010/20101030.html
 
小山さんは、朝比奈先生の生涯最後のコンサートの件もあり、私が特別に思い入れのあるピアニストです。
「その実力はベンツ以上」と申し上げておきましょう(笑)。

返信する
岡本 浩和

>雅之様
こんばんは。
>トヨタ「レクサス」どころか、ダイハツの軽自動車にだって、作り手(メーカー)の車に対する心意気さえしっかり感じ取ることができたならば、ベンツ以上に車を運転する至福の喜びを得ることができ、ちっちゃな日本車でも心から愛し憧れる人種なのです。
素晴らしい!これは我が父も弟も喜びます(父は元滋賀ダイハツ、弟はダイハツ工業の現職です・・・笑)。
おー、家族でシューマンの交響的練習曲ですか!仲睦まじいです、羨ましいです。ちなみに、明日僕はルプーの代役となったレーゼル&新日本フィルを聴きに行くことにしました。楽しみです。

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください