ヤルヴィ指揮エーテボリ響のラフマニノフ「フランチェスカ・ダ・リミニ」(1996.8録音)を聴いて思ふ

旅順要塞の一塁々々が陥ちてゆく。
二〇三高地陥落後の日本軍の主役をなすのは、工兵と砲兵であった。工兵は坑道を掘進して堡塁を爆破し、砲兵は堡塁に対し間断なく砲弾を送りつづけた。
この攻囲戦を通じてもっとも猛威をふるった堡塁のひとつである二竜山堡塁が日本軍工兵によって爆破され、同歩兵の手榴弾、機関銃などを威力火器とする迫撃戦によってとどめを刺されたのは、十二月二十八日であった。この二竜山堡塁の陥落後、ロシア軍の志気はめだって落ちた。
司馬遼太郎「坂の上の雲5」(文春文庫)P256

いわゆる「血の日曜日事件」の直接的引き金となった、旅順攻囲戦でのロシア帝国要塞の陥落。帝政が終焉を迎え、いよいよロシア革命につながっていく不穏な空気の中、セルゲイ・ラフマニノフの創作活動は、多彩に、そしてまた挑戦的に進んでいった。彼の音楽は本来、甘美な、前時代的浪漫を引きずるものでは決してない。むしろ、彼ほど時代の要求に直接に反応し、新たな境地を生み出す前衛的方法を繰り出そうとした音楽家はいなかったのではないかと思うほど暗く激烈だ。

イワーノフカの夏は比較的穏やかに過ぎた。
ラフマニノフは《フランチェスカ》のオーケストレーションに打ち込んでいた。
ところがダンテの煮えたぎる「地獄」に、ときどき外部からの余波が紛れ込んだ。
ニコライ・バジャーノフ著 小林久枝訳「伝記ラフマニノフ」P244

《けちな騎士》はシャリャーピンのために作曲され、《フランチェスカ・ダ・リミニ》はシャリャーピンとネジダーノヴァのためだった。初めからすべてが成功を約束していた。
~同上書P245

ダンテの「神曲」第5曲の、フランチェスカとパオロの不徳の愛の物語を軸に、ダンテとウェルギリウスを案内役としたプロローグとエピローグを置いた、1時間に満たない小さな歌劇(台本はモデスト・チャイコフスキー)。全体を支配する、(特に前半は決してポピュラーにはなり得ない、時にムソルグスキーをも上回る)不穏な不協和の音楽こそ天才ラフマニノフの真骨頂ではなかろうか。

・ラフマニノフ:歌劇「フランチェスカ・ダ・リミニ」作品25(1904)
セルゲイ・アレクサーシキン(ヴェルギルの影、バス)
イリヤ・レヴィンスキー(ダンテ、テノール)
セルゲイ・レイフェルクス(リミニ公ランチオット・マラテスタ、バス)
マリア・グレギーナ(妻フランチェスカ、ソプラノ)
セルゲイ・ラリン(リミニ公の弟パオロ、テノール)
エーテボリ歌劇場合唱団
ネーメ・ヤルヴィ指揮エーテボリ交響楽団(1996.8録音)

パオロ(ラリン)がフランチェスカ(グレギーナ)に「アーサー王伝説」中の「ランスロットとグィネヴィアの不倫物語」を語り、思わず二人が恋に落ちてしまう第2部の(「トリスタンとイゾルデ」にも比肩する)激しくも濃密な音楽(二重唱!!)は、やはりラフマニノフらしい。しかし、二人が口づけを交わしたその時にランチオット(レイフェルクス)が突如現われ、パオロを刺殺するシーンはわずか1分半ながら、恐怖の瞬間を現出する見事な表現だ(直前は、チャイコフスキーの「悲愴」交響曲第1楽章提示部最後のクラリネットの最弱奏のよう)。
間を置かずエピローグになだれ込むが、鬼気迫る合唱に手に汗握り、猛烈な加速で進行する管弦楽に畏怖の想いを抱く。インスピレーション溢れる素晴らしい音楽に思わず感動する。

物憂い、民衆が不安と不満に苛まれる時代であるがゆえの産物か。
一度実演の舞台に触れてみたいもの。

 

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