サントリーホール国際作曲委嘱シリーズNo.41〈イェルク・ヴィトマン〉《室内楽》

イェルク・ヴィトマンのはにかんだ姿はとても可愛らしい。
彼は、マルチ・タレントでありながらとても謙虚だ。もちろん演奏中は壮絶な集中力をもって作品に取り組み、音楽に埋没する。しかし、ひとたび演奏者の装いを脱げば、そこにいるのは無心で素直な、あまりに人間らしい人間だ。

音楽とは、ある種「実験」なんだと思った。ジャンルの垣根を超え飛翔する。
波動はホンモノだ。きめの細かいエネルギーに圧倒された。それは、作品そのものの持つ力と、彼の作品たちに官能する奏者に内在する力の掛け算から起こるものだろう。そこにあるのは魂のぶつかり合い、演奏者同志のそれ、そして、聴衆とのそれ。
すべての作品を、今日僕は初めて聴いた。素直に感動した。

終演後の、細川俊夫氏との1時間に及ぶアフタートークは、気さくな彼の性格を見事に映していた。そして、とても有意義な時間だった。

サントリーホール国際作曲委嘱シリーズNo.41(監修:細川俊夫)
テーマ作曲家〈イェルク・ヴィトマン〉
《室内楽》
2018年8月25日(土)15時開演
ブルーローズ
イェルク・ヴィトマン:
・クラリネット、ヴァイオリンとピアノのための「ミューズの涙」(1993/96)
・ホルン独奏のための「エア」(2005)
・クラリネットのための「3つの影の踊り」(2013)
・弦楽四重奏曲第3番「狩の四重奏曲」(2003)
休憩
・ヴァイオリン独奏のための「エチュード」第1巻(第1~3曲)(1995, 2001, 2002)
・オーボエ、A管クラリネット、F管ホルン、ファゴットとピアノのための五重奏曲(2006)
イェルク・ヴィトマン(クラリネット)
カロリン・ヴィトマン(ヴァイオリン)
キハラ良尚(ピアノ)
福川伸陽(ホルン)
吉井瑞穂(オーボエ)
小山莉絵(ファゴット)
弦楽四重奏/辺見康孝(ヴァイオリン)・亀井庸州(ヴァイオリン)・安田貴裕(ヴィオラ)・多井智紀(チェロ)

※アフタートーク(ヴィトマン&細川俊夫)/蔵原順子(通訳)

「ミューズの涙」は、撥弦楽器、吹奏楽器、そして打楽器の、それぞれの音色が見事に融け合う、とても19歳の若書きとは思えぬ佳作。ヴィトマンの作品は、いずれもジャズやロックの影響を髣髴とさせるが、僕はそこにキング・クリムゾンの木魂を聴いた。ヴィトマン曰く、作曲当時はボスニアでの戦争中で、偶々見つけた「戦いの間、ミューズたちは沈黙する」という言葉に触発され、反発する思いで書き下ろしたものだそうだ(ドイツ語では「おめでたい」という意味合いを持つナイーヴという言葉を彼はあえて使っている)。
続く、ホルン独奏の「エア」は、ミュンヘン国際音楽コンクールの課題曲として委嘱されたものだそうで、それゆえに、全編を通じてホルンの恐るべき技巧が求められる作品である。福川の演奏は、どこからどういう風に音が出ているのか、奇妙奇天烈というと大袈裟だが、それくらいに聴衆を圧倒するものだった。ヴィトマン曰く、あれ以上の演奏は考えられないと。何より、技術的な面だけでなく作品の感情面をも正確に捉えたレガートが素晴らしかったのだと(ホルンという楽器への愛の告白だとも彼は言った)。
そして、クラリネット独奏のための「3つの影の踊り」では、エイドリアン・ブリューのギターの如く、ヴィトマンが楽器を変幻自在に操る様(彼曰く、楽句の極限にまで挑戦した作品らしい)に僕は興奮した。舞台に3ブロックに分かれて置かれた譜面台(上手に3台、中央に2台、そして下手に3台)。上手から下手に移動しながら、音楽は都度音調を変え、物語のように響く。ちなみに、アフタートークでヴィトマンはこの作品にまつわる興味深い話をしてくれた。

子どもの頃、先生からキーの音を出してはいけないと言われていたことに対し、私はいつも疑問に思い、ずっと納得できませんでした。ブレスの音もキーの音も音楽の一部です。子どもの頃からの楽器への愛情を表すべく、それらをすべて生かす作品を私は書きたかったのです。この作品は限界にまで挑戦するという意味でブーレーズの「二重の影の対話」(1984)の影響を受けています。

外面的技巧も内面的感情表現も実に素晴らしい演奏だった。
そして前半最後の「狩の四重奏曲」は、演劇的要素を兼ね備えた力作。ヴィトマンは、ベートーヴェン時代にまで遡りスケルツォの持つ意味を考え、作曲したらしい。マーラーやショスタコーヴィチのスケルツォ同様、楽しみや笑いを含みつつ苦々しい、悪意すらも伺えるのが今日のスケルツォであり、それをシリアスに、かつユーモラスに彼は表現しようとした。四重奏団の演奏は過激であり、また、愛らしいものだった。

20分の休憩を挟み、後半最初は、妹カロリンのために書いた(実験的な)「エチュード」。これまた舞台上には8台の譜面台が並び、ヴァイオリニストは上手から下手へと移動しながら、「3つの影の踊り」と同じく、あらゆる奏法を駆使し、様々な感情や思いを込め、真摯に演奏した。何という集中力!
最後は「五重奏曲」(モーツァルトの五重奏曲K.452を超えんと挑戦したのがこの作品だったそう)。この曲は短いものでわずか10秒、長くても4分という18のパートを連ねた聴き応え十分の「宇宙的」作品。ヴィトマンは語る。

この多様な形態の響きの宇宙のなかにあってもなお、一本の運命の赤い糸が聴こえて来ることを期待している。
~公演プログラムP62

現れてはすぐに消え、消えてはまた現れる音楽芸術の粋。
それゆえに一期一会の深き意味を感じた3時間。現代の、21世紀の音楽の意義は、それこそ「今ここ」だ。

 

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