シュライアーのモーツァルト歌曲「クローエに」K.524ほか(1975.9録音)を聴いて思ふ

とはいえ、モーツァルトも一人の人間。
その悲しみはどれほどのものだったろう。生きることへの憧憬と内なる慈愛。
シュライアーの歌の悲哀に包まれた優しさは、人生の儚さと、一方で人生の充実を伝えるようで実に美しい。

歌曲「ラウラに寄せる夕べの想い」K.523、1787年6月24日完成。

やがて人生の華やかな景色は消え去り、
命の幕が閉じられるのです。

真っ直ぐな詩、そして、憂いのある音楽。
モーツァルトは遠くザルツブルクにある父を悼む。
そしてもう1曲、歌曲「クローエに」K.524、同じく1787年6月24日完成。

幸せの滲み出る歌。シュライアーの歌は、愛情こもるも相変わらずの自然体。「魔笛」のタミーノを十八番にしただけある、勇敢さと慈愛の相乗効果。これらの歌をじっくり聴くが良い。何とも言えぬ感動を与えてくれるゆえ。

モーツァルト:歌曲集
・クローエにK.524(J.G.ヤコービ詩)
・夢の姿K.530(L.H.C.ヘルティ詩)
・春K.597(C.C.シュトルム詩)
・なんと私は不幸なことかK.147(125g)
・別れの歌K.519(K.E.K.シュミット詩)
・満足K.349(367a)(J.M.ミラー詩)
・おいで、いとしいチターよ、おいでK.351(367b)
・だまされる世の中K.474(C.F.ヴァイセ詩)
・自由の歌K.506(J.A.ブルーマウアー詩)
・ラウラに寄せる夕べの想いK.523
・私は私の道をK.390(340c)(J.T.ヘルメス詩)
・私の慰めであって下さいK.391(340b)(J.T.ヘルメス詩)
・すみれK.476(J.W.フォン・ゲーテ詩)
・春への憧れK.596(C.A.オーヴァーベック詩)
・小さいフリードリヒの誕生日K.529(J.E.F.シャル詩/J.H.カンペ追加)
・子供の遊びK.598(C.A.オーヴァーベック詩)
ペーター・シュライアー(テノール)
イェルク・デームス(ピアノ)
エールハルト・フィーツ(マンドリン)(1975.9.4-7録音)

ドレスデンはルカ教会での録音は、滋味溢れる音響。デームスのピアノがまた素朴さの極み。
モーツァルトの歌は、そのほとんどがマイナーな詩人の詩に曲を付したものだ。ほとんど余興的に、自らが、あるいは身近な仲間たちが気軽に歌えるように作ったものなのだろうと思う。ただし、それでも作曲者はモーツァルト。その音楽は簡潔にして完璧な、一切の無駄のない運び。
ちなみに、K.349とK.351は、珍しくマンドリンが伴奏を務めるが、これがまた安寧の雰囲気をもたらすのだから、それこそ創造の妙(歌劇「イドメネオ」K.367の頃)。

さて、ここ(ウィーン)でのぼくの主要な意図は、体裁よく皇帝に近づくことです。何としても皇帝にぼくを知ってもらいたいからです。心を打ちこんでオペラをやってのけ、それからしっかりとフーガを弾いてお聴かせしたいと思います。それがあの方の好みなのです。あゝ、ぼくが四旬節にヴィーンに来ると分かっていたら、小さいオラトーリオを一つ書いて、ここではみんながするように、それを舞台にかけて、ひともうけするのでしたのに。声をみんな知っているので、前もって楽に書けたはずです。
(1781年3月24日付、ザルツブルクの父レオポルト宛)
柴田治三郎編訳「モーツァルトの手紙(上)」(岩波文庫)P238

この長い手紙には、抑鬱からのようやくの解放と未来への希望が滲み出る。
モーツァルトも一人の人間だった。

 

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