ポゴレリッチのシューマン交響的練習曲ほか(1981.2録音)を聴いて思ふ

変奏曲というスタイルは、いつも僕の感性を刺激する。
ひとつの音楽がいくつもの音楽に変容するも、そこに通底する主題の同一性が、魂の芯にまで響くからなのかもしれない。
この社会は、個性豊かな、様々な人間が行き交う。一見それぞれが分断されるように見えても、実際は意識という海の中で確実につながるように、各々の変奏の内側に常に木霊する(作曲者が選んだ、乃至は創造した)主題には、世界を調和に導く力があるように思えてならない。
変奏曲というスタイルは、いつも僕の脳みそを麻痺させる。余計な思考や感情を止めるだけの力が漲るのである。

ロベルト・シューマンの傑作、交響的練習曲作品13。その初版はフォン・フリッケン男爵による主題から導かれた12の練習曲(うち9曲が変奏曲)から成り立つ。翳りのある音楽は、それでも陰鬱な印象は避けられ、堂々たる風趣に溢れ、どの瞬間も画期的で、創造的だ。

1836年2月、ヴィークは数日間留守にした。この機会をとらえてローベルトはドレスデンのクララのもとを訪れる。これを知ったヴィークは激怒し、今後ローベルトがふたたび娘に会いに来ようものなら撃ち殺すと脅した。1837年8月までの1年半にわたって、クララとローベルトは直接会うことはおろか、手紙でさえ一言も言葉を交わしていないだろう。手紙のやりとりをようやく再開できたのは、8月13日にクララがライプツィヒの証券取引所会館で演奏会を行なったさいに、二人の共通の友人であるエルンスト・アーフォルフ・ベッカーが仲介してくれたおかげである。このコンサートでクララは聴衆に混じったローベルトの前で、彼の《交響的練習曲》から3曲弾いた。演奏会後、ローベルトはヴィークに向かって、「堪能させていただきました、とお礼を言った」。翌8月14日は、クララとローベルトにとって、婚約記念日となった。
モニカ・シュテークマン/玉川裕子訳「クララ・シューマン」(春秋社)P53

交響的練習曲の主題の提供者であるフォン・フリッケン男爵の娘エルネスティーネは、ちょうどクララとの恋愛の前、ロベルトの一時期恋人であったという因縁がとても興味深い。

ルバートを効かせ、各曲のテンポを弄り、まだ20歳とそこそこのイーヴォ・ポゴレリッチはひたすら祈り、歌う。何という挑戦、そして何という成熟!

・ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番ハ短調作品111
・シューマン:変奏曲形式による交響的練習曲作品13
・シューマン:トッカータ作品7
イーヴォ・ポゴレリッチ(ピアノ)(1981.2録音)

自由闊達なベートーヴェン最後のソナタ。
明るさの中に暗さを秘め、暗室の中の一条の光を髣髴とさせる不思議な音調。極めつけはやはり微動だにしない印象の第2楽章アリエッタ(一音一音をあまりに丁寧に、そしてゆっくりと奏する主題の刺激)!オルゴールのような夢見る第1変奏の可憐さ、そして、ほとんどジャズを思わせる第3変奏は22歳のポゴレリッチの真骨頂。さらに、魂の昇天を喚起する第4変奏に、静寂と無の安寧を音化した第5変奏と続き、思い入れたっぷりの恍惚のコーダに収斂され行く様は、(無色透明の)生きることへの大いなる希望。

ちなみに、フロレスタン的一面を強調した「トッカータ」は、指が回りまくるテクニシャン、ポゴレリッチの(早くも!)熟練の喜びの歌。

 

ブログ・ランキングに参加しています。下のバナーを1クリック応援よろしくお願いいたします。


音楽(全般) ブログランキングへ


コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください