杉浦菜々子の山田耕筰ピアノ作品集《子供と叔父さん(おったん)》(2018.6録音)を聴いて思ふ

リヒャルト・シュトラウスを尊敬し、ドビュッシーやスクリャービンに影響を受けた山田耕筰の音楽は新しい。20世紀初頭の数多の革新家たちの風趣を彼方此方に漂わせながら、まして日本的抒情を随所に湛える様は、何と心に染み入ることか。

もとより天下のシトラウスに師事するのだから、相当払わなければなるまいとは覚悟していたが、月千六百マァクではどうにもならない。半年喰わずにいても一と月の月謝に充たない。習いたいのは山々だが、餓死を見透して勉強する手はない。残念だが諦める事とした。
タイナァは半分位なら貸してやろう。成功したら払えばいい。とも言ってくれたが、それも辞退した。
ブルッフにも、フムパデンクにもわずかばかり就いては見たが、大した収穫はなかった。
民衆から呼び捨てにされる芸術家に教えを乞うのは、むしろ損だ。やはり理論は、理論家に就く方がいい。「教授」に就くに限る。どうせ、芸術を習う事はできないのだからな。
山田耕筰「自伝 若き日の狂詩曲」(中公文庫)P262

ベルリン留学後に生み出されたピアノ曲を軸に、歌曲作家としていくつもの傑作を創造した後に書かれた作品たち。杉浦菜々子の綿密な研究成果もあろう、ピアノ音楽に通底する感情は、人間味と優しさだろうか。静謐な、祈りの如くの音響が耳について離れない。

山田耕筰ピアノ作品集《子供と叔父さん(おったん)》
原典に基づく秘曲集—CD初収録作品を中心に
・狐の踊り(年代不詳)
・秋の日のメロディ(年代不詳)
・子供と叔父さん(おったん)(1916)
・聖福1(1917)
・聖福2(1917)
・源氏楽帖(1917)
・ソナチネ(1917)
・日本風の影絵(1918)
・牧神序曲(1916)
・ポエム(1928)
・ピアノのための「からたちの花」(1928)
・前奏曲「禱り」(1928)
・前奏曲変ホ長調(1929)
・前奏曲「聖福」(1937)
・前奏曲ト短調(1951)
・春夢(1934)
杉浦菜々子(ピアノ)(2018.6.18&19録音)

山田耕筰の功績のひとつは、人々の心にも平和と安寧をもたらせたことだと僕は思う。数々の、有名な歌曲はもとより、ほとんど知られることのない秘曲ですら、ひとたび耳を傾けると、時を忘れて魅かれるのだから実に素晴らしい。例えば、モーツァルトのような可憐なソナチネ(3つの楽章あわせて2分半ほど)!あるいは、ピアニストを虜にした、源氏物語をもとに編まれた「源氏楽帖」の不思議な響き。一方、「ポエム」の前衛!そして、前奏曲「禱り」の語り掛けるような高貴!
山田耕筰の作風は縦横に変化する。あらゆる方法を採用した音楽に、どの瞬間も飽きない。

過ちの道でもよい。その道をひた走る勇が貴いのである。稚が嬉しいのである。それは徹する心であり、曖昧を忌み嫌う心である。それはまた、善悪を一如と観ずる真実さと呼ぶ事もできよう。すべてに生き抜く誠である。生きの力である。そのひたぶるな心を私はこよなく懐かしむのである。
~同上書P342

大人が失った赤子の感性を山田は「善悪を一如と観ずる真実さ」とし、それこそが「生きの力」だと説く。その精神は彼の音楽にもそのまま投影される。そして何より、自筆楽譜などを辿り、緻密に、もちろん相当の想いを込め、それを音化した杉浦の力量は賞賛に値する。
感動の1枚。

 

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