ブリテン指揮イギリス室内管のモーツァルトK.543(1962.6.10録音)ほかを聴いて思ふ

指揮者としてのベンジャミン・ブリテンは、まるで抑圧された内なる激情を解放するかのように、瞬間に命を込め、劇的な演奏を披露する。それでいて、そこにはいつも安心感がある。何より作曲家への尊敬と愛情に溢れる音楽は、重心が低く、時に遊びの精神を忍ばせ、僕たちに予想もしない感動を与えてくれる。

フリッツ・クライスラーの弾くベートーヴェンの協奏曲を聴いて、日記に「おお、ベートーヴェンよ! 汝の芸術は不滅だ。第1楽章と第2楽章のごとき哀感、そして終楽章のごとき歓喜がかつて書かれたことがあろうか?」と記す少年は、当然ベートーヴェンに傾倒したが、(それともあまりに恐れ多いと回避したのか)彼はベートーヴェンの録音を残していない。残念なことだ(それとも僕が録音の存在を知らないだけなのか)。

残された録音の中では、まるでベートーヴェンを指揮するかのように起伏のある(感情的な?)、否、正統な形の中で様々実験的な解釈を見せるモーツァルトなどは、その思い切りの良さと深層にある作曲者への愛の表出が錯綜し、初めて聴いたときのような感動を覚え、思わず惹き込まれる。例えば、低音部がしっかり鳴らされる「ジュピター」交響曲は一聴スノッブな印象すらあるが、どの楽章も赤裸々な感情に溢れ、第3楽章メヌエットの終結の和音などちょっとしたクレッシェンドに洒落た驚きを喚起され、続く終楽章アレグロの爽快なフーガに魂を抜かれるほどに感動的なのである。
ブリテンのモーツァルトは、生命力に満ち、実に素晴らしい。

モーツァルト:
・交響曲第41番ハ長調K.551「ジュピター」(1966.6.14録音)
・交響曲第39番変ホ長調K.543(1962.6.10録音)
・アリア「運命は恋する者に」K.209(1962.6.10録音)
・アリア「願わくは問いたもうな」K.420(1962.6.10録音)
ピーター・ピアーズ(テノール)
ベンジャミン・ブリテン指揮イギリス室内管弦楽団

一方、変ホ長調交響曲は、第1楽章序奏アダージョから、独特のアーティキュレーションで聴く者の度肝を抜く。ティンパニを強打させ、どちらかというと悲劇的な音調で音楽を始め、序奏後半では思い入れたっぷりに、呼吸深く尾を引くように音楽を作るのである(それによって主部アレグロの陽の気が一層引き立つことになる)。そして、夢みる第2楽章アンダンテ・コン・モートの静寂、雄渾なメヌエットと優雅なトリオの対比を獲得する第3楽章を経て、堂々たる終楽章アレグロの香気溢れる雄叫び。ここにも間違いなく愛がある。

ところで、モーツァルトの2曲のアリア。愛するピアーズとの共演には、柔らかな、言葉に表せないほどの安寧がある。
片や19歳のモーツァルトによるK.209、片や27歳、全盛期を迎えるモーツァルトによるK.420。恋の苦悩を歌ったその音楽は、それこそブリテンとピアーズの同性愛の懊悩をそのまま映すかのようにとてもリアルで、直接に心に届く。

ここ数年、本当にきみの足手まといになって済まない・・・そうは見えないかもしれないが、きみが何を考え、何を感じるかは、本当にぼくの人生で何より大切なことなのだ。きみと生涯を共にしているのは信じられないことだ。
(1966年4月3日付、ブリテンからピアーズへ)
デイヴィッド・マシューズ著/中村ひろ子訳「ベンジャミン・ブリテン」(春秋社)P186

まさか公になるとは夢にも思わなかっただろうブリテンの愛の懊悩。
彼の作り出す音楽は赤裸々だ。

 

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