クナッパーツブッシュのワーグナー

wagner_kna_1962_dvd.jpg最近は、政治の世界や経済界の出来事全ては「人間」が意図的に創作した寸劇のようなもので、良くできた(というよりここのところは裏がみえみえの)虚構のように冷静に捉えることができ、随分大局的ものが見れるようになったかなと我ながら感心する。
今日もとある区議の話を聴いていて、政治家も結局は「身の保身」ばかりに意識を置いていて、選挙時の公約などはどこ吹く風で、お互いの足を引っ張り合ったり、ライバルを貶めることばかりを考えているようで、こういう人達ばかりだと日本はいつになっても変わらないなと何だか情けなくなった。
かつての明治維新(幕末)の時のような血気盛んで勇気溢れる「憂国の志士」のような人材は現れないものなのだろうか・・・。いや、たとえそういう輩がいたとしても、今のシステムだと結局表舞台に出られず、埋もれた存在になってしまうのがオチで、裏側からジワジワとしくみを変えていくような努力をした方がやっぱり賢明なのかな、などとひとり考えた。

昔、三島由紀夫が割腹自殺を遂げた際、市ヶ谷の自衛隊駐屯地での例の「檄」は、30数年後の現在をまさに予言し、今こそ立ち上がるべきだと訴えかけたもので、過激ではあるものの、先見の明があるといえばある内容だった。当然時期尚早だったという見方もできるし、結局自己を売り込みたいがための一種のパフォーマンスだったという見方も大いにできるわけだから、彼がもう少しうまく段取りを運ぶことができていたら、少しは日本も変わっていたのではないかと真面目に考えたりもする。とはいえ、その当時ですら、自衛隊員の大半は三島の言葉に振り向きもせず、半ば嘲笑交じりの口調で彼のことを無視したようだから、一個人がいかに背水の陣をしいて努力をしたとしても限界があることは見えている(もちろん僕自身はそんなことができる勇気も根性もないから、これ自体無責任な発言なのだが・・・)。

そういえば三島が監督をした短編映画「憂国」(1966年)のBGMにはワーグナーの「トリスタン」の音楽が使われている。誇大妄想癖であったワーグナーの個性と恐らく相通ずるものを感じたのだろう。あるいは彼自身が「男女の愛というものは死によって完成するのだ」というワーグナーの思想にただ純粋に感化されていたのかもしれないし・・・。

ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」~第1幕前奏曲と愛の死
ビルギット・ニルソン(ソプラノ)
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(DVD)

最近は4時間あまりに亘るワーグナーの「トリスタン」を聴く元気は正直ない。しかし、この音楽の持つ妖艶で官能的な魅力は他の何ものにも変えがたく、時折その音の波に触れたくなる。そういう時に必ず聴きたくなるのが「前奏曲と愛の死」が収められているクナッパーツブッシュのスタジオ録音盤(以前、楽劇「ワルキューレ」第3幕フィナーレを採り上げたが、同じ音盤に収録されており極めて重宝している)なのだが、今日は先年突如発売された泣く子も黙るDVDを観る。1962年のウィーン芸術週間でのライブを記録した途轍もない掘り出しモノ(他にバックハウスとの協演によるベートーヴェンの第4協奏曲!などが収録されている)である。何せクナッパーツブッシュが動いているのである。それだけで必見の価値あり。

※三島は意外にクナのワーグナー(スタジオ録音盤)を愛聴していたかもしれない(勝手な憶測であり、個人的希望でもある)。

⇒旧ブログへ


コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください