オラリー・エルツ指揮読売日本交響楽団第587回定期演奏会

世界が戦いに明け暮れた20世紀の、直接的に挑戦を目論んだ音楽もあれば、まるで皮肉たっぷりにその状況から逃避せんが如く弾む音楽もある。
本邦初演であるエリッキ=スヴェン・トゥールの「幻影」はベートーヴェンの影を追った直接的な闘いの音楽だ。ただし、その戦いにはもはや相手はいない。20世紀が戦争の世紀であったとするなら今世紀は自己錬磨の世紀だと言えよう。ゆえにトゥールの音楽に通底するのは自らへの挑戦状であり、また、癒しだ。
会場の空気が緩んだ。

イーゴリ・ストラヴィンスキーのヴァイオリン協奏曲。
開放的な舞踊の4つの連続体。ヴィルデ・フラングの独奏は、線が細く、少々アンバランスな、隔靴掻痒の思いが募ったが、第3楽章アリアⅡからどういうわけか楽器の性能が突然上がったかのように音楽が会場を席巻した。あの祈りの深さは本物だ。高麗鼠が忙しく駆けるような、ストラヴィンスキーの筆致は堪らないのだが、おそらくそれがあの可憐なヴァイオリニストには重荷のように僕には思われた。しかし、最後の音が鳴り終わった瞬間に感じたことは、何と全楽章を通じ、管楽器との絶妙な対話の素晴らしさ。
アンコールのクライスラー編曲による「皇帝讃歌」も、繊細でありながら熱を帯びた音調でとても美しかった。

読売日本交響楽団第587回定期演奏会
2019年4月17日(水)19時開演
サントリーホール
ヴィルデ・フラング(ヴァイオリン)
日下紗矢子(特別客演コンサートマスター)
オラリー・エルツ指揮読売日本交響楽団
・トゥール:幻影(共同委嘱作品/日本初演)
・ストラヴィンスキー:ヴァイオリン協奏曲ニ長調
~アンコール
・ハイドン:神よ、皇帝フランツを護り給え(クライスラー編曲)
休憩
・武満徹:星・島(スター・アイル)
・シベリウス:交響曲第5番変ホ長調作品82

それにしても今日のシベリウスは見事だった。何とも感覚を刺激される体験。
推敲を重ねられた交響曲第5番は、いわば凝縮された音の結晶体であり、そこには作曲家の、否、民族の抑圧された歴史を背負った負のエネルギーが横溢していることがあからさまに感じられた熱演だった。第1楽章テンポ・モルト・モデラート—アレグロ・モデラートのコーダに向けての手に汗握る推進力。また、終楽章アレグロ・モルトに向かって爆発し、新たな創造物を自家生成する様とでもいうのか、天地が震え、慄き、また、そこに人間が大自然から授かった大いなる智慧が掛け合わされた、真の世界の誕生に僕は感動した。まったく一分の無駄もない強烈な、強力な、音の大宇宙。
シベリウスの本懐は天を表わすであろう木管群だ。
もちろん地のコラールを朗々と奏する金管群も素晴らしかった。
しかし何より今夜の主役は特別客演コンサートマスター日下紗矢子!!あのうねる弦の壮絶なパワーを引き出す力量に感嘆。僕の推量では、あれは指揮者オラリー・エルツの技術というより日下のそれ。いやはや、強烈。

ちなみに、前奏たる武満の「星・島」にも内なる闘争があった。良い音楽だ。
世界は確実に統合の方向に向かっているようだ。

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クレンペラー指揮ウィーン・フィル ベートーヴェン第4番(1968.5.26Live)ほかを聴いて思ふ | アレグロ・コン・ブリオ へ返信するコメントをキャンセル

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