華麗なるブゾーニのシャコンヌ。
バッハの孤高の、近寄り難い音楽が、壮麗な装飾を得て歓喜、飛翔する。
ヴァイオリンのために書かれたシンプルな旋律とハーモニーに見事な伴奏声部を寄り添わせ、彼は作品に豊かな衣を着せてみせた。これはピアノ音楽の傑作である。バッハ自身も容認したに違いないと、私は思う。
~アルトゥール・ルービンシュタイン著/木村博江訳「ルービンシュタイン自伝—神に愛されたピアニスト」(共同通信社)
フェルッチョ・ブゾーニの実演に触れたときのルービンシュタインの有名な回想である。確かに分厚い化粧を施されたバッハだ。しかし、その美しさは類を見ないもの。ブラームスの編曲による左手のみのバージョンも素晴らしいが、ブゾーニの果敢な挑戦たるピアノ版シャコンヌは、ピアニストを挑発し、また聴衆を感化する傑作だと思う。
ブゾーニが、作曲家としての才能を一層発揮するのは、30分超を要するショパンによる変奏曲とフーガ。主題に、前奏曲の中でも第20番ハ短調を選択するセンス。縦横無尽の17の変奏は、バッハをはじめリストなど、彼が尊敬する多くの作曲家へのオマージュだ。音楽は時に唸り声をあげるものの、どの瞬間も優しく、静謐。
白眉は最終変奏たるフーガ!!この、複雑に絡み合う、堂々たる音の建造物はショパンの衣を借りた、バッハへの尊崇の念であり、また、自身のヴィルトゥオジティを誇示する大伽藍だろう。
推進力の高いヴォルフ・ハーデンのピアノがまた素敵。
ショパンよ、溜息と涙とすすり泣きの海よ、
一むれの蝶たち、とまりもせず、
悲しみの上を戯れ、波の上を踊りつつ渡る海よ。
夢み、愛し、苦しみ、叫び、宥め、楽しませ、やすらげるお前は、
つねに、一つ一つの苦しみの間に、
花から花に飛びまう蝶のごとくに、
奇想の調べの、眼をくらませる甘い忘却を走らせる。
(マルセル・プルースト/窪田般彌訳「ショパン」)
~「音楽の手帖 ショパン」(青土社)P134
プルーストがショパンに捧げたこの詩は、見事にブゾーニのショパンへのオマージュと同期する。生命のあらゆる感情が刻印された傑作だ。