ハイドシェック ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第30番ホ長調作品109 第32番ハ短調作品111(1972&73録音)

僕がエリック・ハイドシェックの演奏に最後に触れたのは2013年の来日公演だったかと記憶する。あのときの、覚束ない演奏に僕は冷や冷やし、居ても立ってもいられなかった。
何と10余年が経過する。米寿を迎えた彼は今何を思い、何をしているのだろう。

エリック・ハイドシェックのベートーヴェンはいつも絶品だった。
幾度も触れた実演の記憶は今でも僕の宝物だ。

ベートーヴェン晩年の経済苦境の本質は?
大崎さんは最新の研究成果として次のように総括されている。

こうしてみると、資金繰り悪化の原因としては、裁判に忙殺されるなかで、収入にはまったく結びつかない《ミサ・ソレムニス》の作曲を優先させなければならないという、1819年後半から1820年3月に至る彼の事情が大きかったと思われる。3月9日のルドルフ大公オルミュッツ大司教就任式をパスしたことで、手っ取り早い生計維持策として、“パン仕事”として、3/4月頃、ピアノ作品の作曲に取りかかる。ピアノ・ソナタOp.109第1楽章のスケッチがこの頃、開始される。その完成は9/10月、遅くとも年末で、版下原稿の渡しは1821年1/2月となるが、3ソナタ(Op.109, 110, 111)を提供する意思表示と価格交渉をベルリンのシュレジンガーに行ったのは、第1曲Op.109のスケッチを始めたばかりの1820年4月30日のことであった。まさに最後の三大ソナタは必死の“パン仕事”だったわけである。
大崎滋生著「史料で読み解くベートーヴェン」(春秋社)P154

実に現実的だ。
最終的には借りを清算して亡くなったベートーヴェンの真の天才は、現実の生活にも正しく対応していたところにあるだろう。

ベートーヴェン:
・ピアノ・ソナタ第30番ホ長調作品109
・ピアノ・ソナタ第32番ハ短調作品111
エリック・ハイドシェック(ピアノ)(1972&73録音)

若きハイドシェックのソナタ全集から。
50余年を経て、なおレコード史上に燦然と輝く逸品。
とても「パン仕事」とは思えない楽聖渾身の傑作が、いかにもハイドシェックらしい即興風テンポ・ルバートを駆使し、生き物のように、たった今創造されたばかりの作品であるかのように飛翔する。
作品109も、作品111も、ハイドシェックの本領発揮は(ベートーヴェンの挑戦たる)終楽章だろう。

作品109の大部を占める終楽章は変奏曲形式で書かれており、ハイドシェックの得意とするところだ。各変奏が生き生きと、終結に向かって音色を変えながら煌めく様に、恍惚とする。

そして、たった2つの楽章ですべてを統べる作品111は、ハイドシェックのベートーヴェンの結論であり、激しい第1楽章の音調は見事に融和され、続く聖なる第2楽章アリエッタの序奏として(?)機能する。天才だとあらためて思う。

ハイドシェック ベートーヴェン ピアノ・ソナタ第30番,第31番&第32番(2000.11録音) ハイドシェック ベートーヴェン ソナタ作品110&111(1963頃録音)を聴いて思ふ エリック・ハイドシェック ピアノ・リサイタル2013 エリック・ハイドシェック ピアノ・リサイタル2013

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