リリー・クラウス モーツァルト ソナタK.576(1967-68録音)ほかを聴いて思ふ

モーツァルトは燃え立つ火です。人間の深い哀しみから歓びまでが表現され尽くし、しかも感情の最も激しい高ぶりの中でさえ謙虚です。
(リリー・クラウス)

1789年7月作曲。モーツァルト最後のピアノ・ソナタは、第1楽章アレグロから、いかにも落ち着いた、安定の様相を示す傑作だ。第2楽章アダージョも、これ以上ないかというくらい切り詰められた、シンプルな美しさを呈している。そして、終楽章アレグレットの弾ける愉悦!
彼の場合、創作活動においては生活の困窮など一切関係なかったようだ。クラウスの言葉を待つまでもなく、モーツァルトの音楽にはあらゆる人間感情が刻印される。そして、その音楽をこれほど自由でありながら端的に、また瑞々しく流麗に再現できた人はクラウス以外にいないだろう。

1956年のモーツァルト・イヤーに向け、アンドレ・シャルランをエンジニアに迎え録音された一連のソナタは、いずれも人類の至宝たる絶品。そこにあるのは、悟りのモーツァルト。

モーツァルト:
・ピアノ・ソナタ第12番ヘ長調K.332
・ピアノ・ソナタ第17番ニ長調K.576
・ピアノ・ソナタ第14番ハ短調K.457
・ピアノ・ソナタ第6番ニ長調K.284「デュルニッツ」
リリー・クラウス(ピアノ)(1954.2&3録音)

一方、1967年から68年にかけて再録音されたソナタ集には、老練の、枯れた味わいがある。クラウスの言う「モーツァルトの感情の最も激しい高ぶりの中の謙虚さ」が一層強調された演奏で、僕の耳には旧盤共々甲乙つけ難い。技術的な衰えがあろうと、また覇気が劣ろうとリリー・クラウスのモーツァルトに違いないのだ。それゆえに、演奏の根底に流れる精神は一切の変わりない。

モーツァルト:
・ピアノ・ソナタ第10番ハ長調K.330
・ピアノ・ソナタ第11番イ長調K.331
・ピアノ・ソナタ第12番ヘ長調K.332
・幻想曲ニ短調K.397
・ピアノ・ソナタ第18番ニ長調K.576
リリー・クラウス(ピアノ)(1967-68録音)

ニ長調K.576がことのほか美しい。モーツァルトはこのソナタが、最後のソナタになろうとは、作曲時もちろん思っていなかったであろう。生気溢れる、喜びも悲しみも一つにしたような音楽は、僕の心を癒す。
ちなみに、旧全集では第17番、新全集では第18番の番号が付されている。

人気ブログランキング


コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください