未来永劫引き継がれるものは真実のみ。
心の琴線に触れる、良心に基づいた真実のみ。
彼の音楽は人間性で輝いています。夫はとても自然で、実際的で、男らしい人でした。自然に関係するすべてのものに親しみを覚え、物質的なものを寄せ付けませんでした。そんな夫の特徴が、録音にも現れています。若い人たちはそんな強さを感じ取って反応し、その正直さを認めているのです。大衆はかならず欺瞞を嗅ぎ付けますが、フルトヴェングラーにそういうものは微塵もありません。フルトヴェングラーの録音は、百年後も今日と変わらず重みを持つだろうと信じています。録音を通じて、彼は人々に語りかけ、影響を及ぼし続けるでしょう。
(エリーザベト・フルトヴェングラー)
~ジョン・アードイン著/藤井留美訳「フルトヴェングラー・グレート・レコーディングズ」(音楽之友社)P419
人間性という真実が、どれほど古い録音においても克明に刻まれるフルトヴェングラーの演奏は唯一無二。音の気迫、フレーズとフレーズの絶妙な連関など、それらは音楽がシステムであることを如実に物語る。
何という霊感!
どの小品も魂にまで響き渡る灼熱と迫力。「もう少し音質が良ければ」という思いは確かにある。しかし、ないものねだりは止そう。40代半ばのフルトヴェングラーの音楽に無心に浸るのだ。そこにあるものは何?
光だ、否、闇だ、翳だ。陰陽いずれをも擁するフルトヴェングラーの芸術精神。90年近くを経た今でさえ、いや、今だからこそそれは奇蹟だと言えまいか。
例えば、ワーグナーの「ジークフリートの葬送行進曲」の、物々しい雰囲気から醸される暗澹たる思念が素晴らしい。なお、解釈の基本路線は後年のものと変わらない。そこには明らかにフルトヴェングラーの音がある。
ジークフリートの亡骸を運び去る凄まじいアクセントは、恐れを知るために旅立った森の若者をもはや指し示してはいない。たれこめる霧のとばりの影を、確かに通り過ぎる何かを感じるように我々を仕向ける。太陽の英雄は漆黒の闇に打ちのめされ、棺台に横たわっている。
(トーマス・マン)
~同上書P307
ジョン・アードインは、マンのこの描写はまるでフルトヴェングラーを想定して書かれたようだと言う。なるほど、フルトヴェングラーはワーグナーと確かに一体になっている。