ボレット ショパン/ゴドフスキー編曲 練習曲&ワルツ(1977録音)ほかを聴いて思ふ

作品の自由な改変は、19世紀ロマン派の時代においては日常茶飯であったという。
ポピュラー音楽の世界では、今でも当然の方法だが、ことクラシック音楽の世界では、特に昨今は原典主義なるものが跋扈するせいか、作曲家の楽譜をいじるとなると冒瀆だとまでいわれる。そもそも音楽が、特殊な、実体のない再現芸術であることを考えると、まったくおかしな風潮である。

そこでぼくは自分の道を歩み出し、別れるものへの愛で胸を一杯にしながら、遠くへさすらい出た。長い年月、ぼくは苦しみと愛とで、二つに引裂かれているように感じていた。
(自叙伝的断片《ぼくの夢》)
前田昭雄著「カラー版作曲家の生涯 シューベルト」(新潮文庫)P93

リストの編曲によるシューベルトの「さすらい人幻想曲」。
シューベルト自身が思うように弾きこなすことができず、「こんな曲は悪魔にでも弾かせろ」と叫んだというエピソードがあるほどの難曲だが、リストの編曲は原曲に比較して、一層ヴィルトゥオジティ増す、いかにも浪漫的な風趣を漂わせるもの。

1822年、交響曲ロ短調「未完成」とほぼ同時に作曲された原曲の幻想曲は、内なる情熱を秘めた、いかにもシューベルトらしい名作だ。どちらかというと、侘び寂感の強い内向的なこのピアノ曲に管弦楽伴奏を施し、リストはいわば彼独自の外向性を注ぐ。初演のとき、カール・ツェルニーもハンス・フォン・ビューローも絶賛したそうだが、少々外面的に過ぎるきらいもある。

・シューベルト/リスト編曲:さすらい人幻想曲(1850-51)(1988録音)
・ショパン/ゴドフスキー版:練習曲(1894-1914)&円舞曲(1977録音)
—練習曲第1番作品10-1(第1番)
—練習曲第3番作品10-3「別れの曲」(左手のための)(第5番)
—練習曲第5番作品10-5「黒鍵」(第7番)
—練習曲第5番作品10-5「黒鍵」(第12番)
—練習曲第6番作品10-6(左手のための)(第13番)
—練習曲第7番作品10-7(第15番)
—練習曲第13番作品25-1「牧童」(第25番)
―新練習曲第1番(遺作)(左手のための)(第44番)
—ワルツ第6番変ニ長調作品64-1「小犬」
—ワルツ第8番変イ長調作品64-3
—ワルツ第9番変イ長調作品69-1「別れ」
—ワルツ第12番ヘ短調作品70-2
—ワルツ第13番変ニ長調作品70-3
—ワルツ第1番変ホ長調作品18「華麗なる大円舞曲」
ホルヘ・ボレット(ピアノ)
サー・ゲオルク・ショルティ指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

レオポルド・ゴドフスキー編曲(というよりパラフレーズ)によるショパンが素晴らしい。「黒鍵」は2種のバージョンがあるが、ほとんど原曲を逸脱したもので、知らずに聴いたらショパンの練習曲のパラフレーズだとは気づかないかも。一方、左手のみで演奏される「別れの曲」は、音域が拡大されるものの、音楽は内へ内へと収斂され行く悲しいもの。それは、片手だけで演奏しているせいなのかどうなのか、ショパンの悲しみが一層助長された音楽に仕上がっており、実に美しい。

音符を自由に操るゴドフスキーの魔法。ワルツの中でも「小犬のワルツ」作品64-1は、ジャズの匂い薫る絶妙なアレンジで、少々間の抜けた印象を与える「遊び」が実に頼もしい。同時に、僕の愛聴する作品64-3の洒落た味付け!!あるいは「別れのワルツ」作品69-1の随所に強力なリタルダンドを伴うゆったりした脱力感と作品70-2の、いかにもダンサブルな編曲に思わず踊り出す始末(ショパンのワルツで踊れるとは?!)。

ホルヘ・ボレットの演奏は、いかにもラテン系の色合い濃く、自由闊達。

人気ブログランキング


6 COMMENTS

ナカタ ヒロコ

おじゃまします。
このような編曲版があることを初めて知りました。
クラシック名曲CDセットで、ボレットとデュトワのショパン・ピアノ協奏曲を聴いてから、ボレットというピアニストが好きになりいろいろと聴きました。悠然としてロマンティック、根底にある明るさ(ラテン系だからでしょうか)。アメリカ軍に入り、GHQの一員として日本に来ていたと知り、びっくりでした。リストの孫弟子、ゴドフスキーの生徒でもあったんですね。ぜひ、このCDを聴いてみたいと思います。

返信する
岡本 浩和

>ナカタ ヒロコ 様

ボレットの演奏はほとんど真面に聴いたことがないのですが、このゴドフスキー版ショパンは実に興味深いアレンジで、昔からの愛聴盤です。ぜひまた感想シェアください。

返信する
ナカタ ヒロコ

おじゃまします。
このCDを聴いてみました。こんな編曲の世界があったことや、ゴドフスキーという人がいたこと、ボレットがこんな曲を弾いていること等、初めて知りました。
「さすらい人幻想曲」はピアノ協奏幻想曲、といったかんじで新鮮でした。オーケストラの参加でより広がりのある「さすらい人」になっていると思います。ショパンの編奏曲はどれも都会的でゴージャスな雰囲気で、最高級ホテルのラウンジで生演奏を聴いている気分になりました。特に「子犬のワルツ」は、岡本さんも書いておられるように、お洒落なジャズのようで、ゴドフスキーさんのセンスに吃驚しました。ポーランド人だけど、アメリカで過ごしたからでしょうか。1920年代のニューヨークの雰囲気があるなぁ、と勝手に感じ入りました。
 楽譜にはなっていないけど、才能のある演奏家は、自分の曲想の赴くままに、既存の曲を自在にアレンジして弾くことも多々あるのだろうな、と思いました。
 このような世界をご紹介くださり、ありがとうございました。

返信する
岡本 浩和

>ナカタ ヒロコ 様

昨今のクラシック音楽の世界はアカデミックに偏り過ぎで、原典重視、一方、ポピュラー音楽は(特にライヴでは)即興でもアレンジでも何でもありで、「音楽」という意味では、ジャズやロックの方がよほど革新的で、芯を突いているのではないかと常々思っております。ショパンもゴドフスキー編曲で聴くと、本当に新鮮です。それに、感性の幅が広がり、アンテナの感度が増しますよね。
引き続きよろしくお願いします。

返信する
ナカタ ヒロコ

岡本 浩和 様

 即興やアレンジで聴くと新鮮で、「感性の幅が広がり、アンテナの感度が増す」、なるほど、なんとも腑に落ちるお言葉です!

返信する

コメントを残す

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください