
彼は家族の誕生日のために「ファウスト」の数行の詩句にもとづいてotetto[八重奏曲]を書いた・・・。
この八重奏曲のスケルツォはさらに重要な作品である《夏の夜の夢 序曲》の前奏曲となるが、この序曲は1826年の最高傑作とみなされるものであり、シェイクスピアとひとつの幸福な家族が若い音楽家に及ぼした影響の成果であったと言える。
~レミ・ジャコブ著/作田清訳「メンデルスゾーン」P44
わずか17歳の少年が創作したマスターピース。
序曲の楽想はどの瞬間も溌剌と心地良く、後にシェイクスピア劇の付随音楽に流用した意味、意義がよくわかる。
この森から脱け出すなんて考えないで、いいわね。
なんておっしゃろうとここに引き止めますからね。
私はこう見えても卑しからぬ身分の妖精です、
いつでも夏が私にかしずいてくれているのです、
その私が愛するのです、だから私のそばにいつまでも
いらして、妖精たちにお世話をさせるわ、いつでも。
~ウィリアム・シェイクスピア作/小田島雄志訳「夏の夜の夢」(白水ブックス)P67
第3幕第1場、タイテーニアはボトムにそう語りかける。実に意味深い。
フェリックス・メンデルスゾーンの音楽描写力は、彼の描いた水彩画のもつ繊細さと写実性と相似だ。何て温かい、心のこもる音楽が続くのだろう。
それが私の大事なライサンダーと関係があって?
あの人はどこなの? ねえ、あの人を私に返して。
~同上書P74
第3幕第2場ハーミアの心の童謡を描くと言われる「間奏曲」での内に蠢くパッション。
そして、有名な第3幕終わりの場面に奏される「夜想曲」のしっとりした、想念の深い味わいは、オットー・クレンペラーの本懐。また、第5幕冒頭に奏される華麗な「結婚行進曲」が、堂々たる交響詩の如く響く様に圧倒される。
恋人たちがきたぞ、喜びにあふれた様子で。
おめでとう。日々に新たな愛の喜びがいつまでも諸君の心にともなうよう。
~同上書P122
合唱を伴う終曲が美しい。幻想のドラマの、最後の音が消える瞬間の神々しさよ。
妖精たちよ、夜明けまで
踊れ、邸のすみずみまで。
われら二人は新床を
訪い、授けよう、祝福を。
そこで生まれる子供らに
永遠のしあわせあるように。
~同上書P146
今さら僕が評するまでもない、オットー・クレンペラー屈指の名盤。
令和元年夏至の日に。