ベーム指揮ベルリン・フィル R.シュトラウス「ツァラトゥストラ」(1958.4録音)ほかを聴いて思ふ

スタンリー・キューブリック監督作「2001年宇宙の旅」。
後に監督自身は、後に本作について次のように語っている。

最も深い心理学的レヴェルで言うと、この映画のプロットが象徴しているのは神の探究だ。そして最終的に科学的に定義された神といったものを提出している。この映画は、この形而上的概念の周りを回っているのだ。リアリスティックなハードウェアや全体のドキュメンタリーのような雰囲気は、この詩的なコンセプトに対する観客の根強い抵抗を柔らげるために必要なことだった。もし「2001年」があなたの感情、あなたの下意識、あなたの神話への心の傾きを掻き立てたなら、それは成功したのだ。
デイヴィッド・ヒューズ著/内山一樹・江口浩・荒尾信子訳「キューブリック全書」(フィルムアート社)P223

僕たちは、「2001年」に付けられた音楽は、リヒャルト・シュトラウスの「ツァラトゥストラ」であり、ヨハン・シュトラウスの「美しく青きドナウ」であり、またジェルジ・リゲティの「ルクス・エテルナ」であることを当然とするが、制作当時、キューブリックから音楽を依頼されたのはアレックス・ノースであり、本来彼の音楽が付けられる予定であった。しかし、ノースが必死で作曲した音楽たちをキューブリックは気に入らず、破棄した。

(ノースは)私の聞いていた音楽ほど異星人的でない音楽を書いて録音した。—それはもっとシリアスで、私の考えでは、映画にまったく合っていなかった。最初のダビングの時、別の曲が書かれていることを考える時間さえなかった。一時的な音楽として選んでおいた音楽を使う以外、ほかにどうすればよかったのか私には分からない。
~同上書P205-206

あれは、まったく偶然の産物ということになるが、果たしてどうか。
否、あれ(「2001年」)は、現代の僕たちに何か大切なことを教示するために、然るべくしてなった、必然の賜物であるのではないか。

かくしてキューブリックが一時的に付しておいたリヒャルト・シュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」の導入部「日の出」(ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)が、「2001年宇宙の旅」の代名詞となった。

しかしながら、当時、彼の映画のサントラ盤として一般に認識されていたのは、カール・ベーム指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団によるものであった。周辺の権利関係がクリアできなかったことがもとで、映画にはクレジットされなかったことが事情をややこしくしたのだが、実際に2つの演奏を比較してみると、その違いは明らかで、例えば、導入部最後のオルガンがカラヤン盤は楽譜通りであるのに対し、ベーム盤はフェルマータ気味に演奏させている点などは最もわかりやすい箇所だろう。その上、ウィーン・フィルとベルリン・フィルの音色の違いも、きちんと耳を凝らせば明確である。これは、そうだと断言されれば、長い間そう思い込んでしまう人間の意識のいい加減さ、曖昧さが生んだトリックの一つである。

リヒャルト・シュトラウス:
・交響詩「ツァラトゥストラはかく語りき」作品30(1958.4録音)
・交響詩「ティル・オイレンシュピーゲルの愉快ないたずら」作品28(1963.4録音)
・オルガンと大管弦楽のための「祝典前奏曲」作品61(1963.4録音)
ミシェル・シュヴァルベ(ソロ・ヴァイオリン)
カール・ベーム指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

全盛期のカール・ベームの棒は、きびきびと緊張感に富み、集中力がいつまでも途切れない切れ味抜群の技術。

未来と最も遠いものとが、きみにとって、きみの今日という日の原因であるべきだ。きみの友人の内部に蔵されている超人を、きみは、きみの原因として愛すべきなのだ。
わたしの兄弟たちよ、わたしはきみたちに隣人愛(最も近い者への愛)を勧めない。わたしはきみたちに最も遠い者への愛を勧めるのだ。

このようにツァラトゥストラは語った。
ニーチェ全集9/吉沢伝三郎訳「ツァラトゥストラ(上)」(ちくま学芸文庫)P112

神を否定し、あえてそれを「超人」としたニーチェの苦心がうかがえる。ツァラトゥストラの言葉は、そのまま冒頭のキューブリックの言葉とその裏を一致させるものだと思うが、その意味で、やはりキューブリックの先見は素晴らしかった。そして、そのサントラがベーム盤だと勘違いされて一般に流布した(無意識の)トリックも見事だったと思う。

シュトラウスの意図を忠実に伝えられるのは私だけになってしまった。彼の精神を死ぬまで伝えていきたい。
~UCCG-4149ライナーノーツ

1964年に、ベーム自身がリヒャルト・シュトラウスについて語った言葉が重い。
ウィーン・コンツェルトハウスの杮落しのために書かれた「祝典前奏曲」の開放的エネルギーと能天気で晴れやかなトーンがシュトラウスの本懐を示しており、カール・ベームならではの名演奏。

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