「太王四神記」観了!

bruckner_7_teldec_furtwangler.jpg結局昨晩は午前4時前まで「太王四神記」を観てしまった。ほぼ2日で全24話をクリアしたのだが、もう一度ゆっくりと細部に注意を払いながら観てみるとより一層理解が深まるだろうと思い、すぐさま 2巡目に入るか、それとも順番待ちをしている人たちがいるようなので一旦DVDを返却するか一瞬考えたが、「早いとこ多くの友人たちに分かち合うべき」(大袈裟!笑)と考え、後者にすることにした。少々長いので観るのに幾分勇気もいるが、これほど含蓄に富んだ意味深い(歴史と神話がリンクされた)ドラマもそうそうないように思うので、興味ある方はぜひとも観てください。
「因果応報」という言葉に表現されるように、人が持って生まれる「カルマ=業(ごう)」というものの「怖さ、不思議さ、必然性(うまい言葉がみつかりません・・・)」を実感し、答の出ない迷路にはまりこんだような「重さ」がついて離れないが、それこそ誰もが輪廻転生というループの中にいることを客観的に認識でき、今生自分自身が何のために生きているのか、そして人生において何をしなければならないのかをいろいろな意味で再考するよう促してくれる(あくまで促してくれるというのがポイントです)ところが凄い。

今の日本のように「平和」な中に育った我々には想像もつかない時代が過去には存在した。「太王四神記」の舞台にもなっている4、5世紀頃の朝鮮半島は高句麗、百済、新羅などが群雄割拠し、いわば戦争に明け暮れていた時代。戦争の歴史とはすなわち領土争い(あるいは宗教争い)。より豊穣な大地を求めて人が人を傷つけ殺し合うという血生臭い事態が日常茶飯事的に起こっていた信じられない時代。人間とはかくも愚かなものなのか・・・、今の時代もそうだが、つい数十年前の欧米そして日本国でも同じようなことが繰り返されていたことに今更ながら驚かされる。

ブルックナー:交響曲第7番ホ長調~第2楽章(1942.4.1録音)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

20世紀を代表する名指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラーが第二次大戦中にテレフンケンに残した少ない録音のうちの一つ。グルックの「アルチェステ」序曲、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番~カヴァティーナとともに収録されているSP復刻CDである。
解説書をながめてみると、どうやらこのブルックナーのレコードは、1945年4月30日に第三帝国がヒトラーの死をラジオ放送で国民に伝えた際に使用された音源らしい。確かに哀切感極まる慟哭の叫びが記録されているかのような演奏である。それはグルックやベートーヴェンのカヴァティーナにも十分通用する形容で、いかにこの録音が行われた1942年頃のドイツが切羽詰ったギリギリの状況に置かれていたのかが容易に想像できる代物だ。ヒトラーの死という事実は全く無視して聴いてみても、このブルックナーのアダージョ楽章が聴く者に訴えかけてくる「愛と死」の壮絶なエネルギーは、ほかの演奏では決して得られないものである。
暑い真夏日の夜、心を鎮め、自省を促すために聴く音楽としては格好の一枚かもしれない。

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