クナッパーツブッシュ指揮ミュンヘン・フィル ワーグナー 「マイスタージンガー」前奏曲ほか(1962.11録音)を聴いて思ふ

彼の名前は、愛と畏敬の念を呼び起こします。その人生は音楽への奉仕と、偉大なる先人への献身に貫かれていました。彼が呼吸していたのは、厳密な意味でいえば、同時代の空気ではなかったのです。気位が高く、理想を追い求め、自信に満ちあふれ、しかし謙虚で慎ましい人物、それが彼でした。その芸術の鍵となる、作品に寄せる絶対的な信頼を、彼は信じがたいほどの説得力をもって、演奏者と聴衆に伝えることができました。それゆえ、多くの信奉者も獲得するに至ったのでしょう。彼の内面において核をなすのはリヒャルト・ワーグナーの音楽で、なかでも特筆すべきは、「神々の黄昏」と「パルジファル」でした。霊妙にして神話性を備えながら、しかし同時に健康的で牧歌的だったりするワーグナーの音楽を解釈するのに、彼以上の選ばれた人間など、存在しないのです。
ヴィーラント・ワーグナー/木幡一誠訳
MVCW-18001ライナーノーツ

色気のない音響が、音楽の核心を衝く。
40年近く前、初めてその音に触れたとき、ワーグナーの何たるやをいまだ知らない僕でも、その途轍もない大きさに震撼した。以来、ハンス・クナッパーツブッシュのワーグナーは僕の中で特別なものとして記憶されるようになった。

ワーグナー:
・楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕前奏曲
・歌劇「タンホイザー」序曲
・楽劇「トリスタンとイゾルデ」前奏曲と愛の死
・舞台神聖祭典劇「パルジファル」第1幕前奏曲
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団(1962.11録音)

最晩年の指揮者の深遠な呼吸までが聞こえる各曲。繰り返し何度耳にしたたかわからない名盤だが、いまだに多くのインスピレーションを与えてくれる、クナッパーツブッシュ一世一代の演奏。何より悠久の「マイスタージンガー」前奏曲の堂々たる響きに感動し、「トリスタンとイゾルデ」前奏曲のクライマックス時のティンパニの有機的な打音に心が躍る。
白眉はやはり「パルジファル」前奏曲。即興性というか、音楽の迫真は、当時のバイロイト音楽祭での実況録音に比較すると確かに弱い。しかし、ここでのクナッパーツブッシュは、静かな祈りを作曲者に捧げるべく、客観的な姿勢を崩さず、「パルジファル」の崇高な世界を独自に積み上げた信念の下、自然体で音化しようとする力に漲っている。その意味では、老練の前奏曲。願わくば、「聖金曜日の奇蹟」も欲しかったところだが、ないものねだりは止そう。

信仰による救済の約束—はっきりと力強く表明された信仰は、高められ、苦悩のただなかにあっても揺らぐことはない—信仰は新たなる約束に応え、淡くかそけき高みから—白鳩の翼に乗ったように—舞い降りて、みるみるうちに人間の心と胸を大きく包み込み、世界と自然のすべてをたくましい力で満たすと—やがてまた、穏やかな眼差しを上に向けるように、澄み切った天空へと戻ってゆく。
日本ワーグナー協会監修/三宅幸夫・池上純一編訳「パルジファル」(白水社)P7

前奏曲の第2主題を「信仰」としたワーグナーのこの言葉を、ありのまま音にした魔法といっても良いだろう。すべての答はそこにある。

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