クライバー指揮バイエルン国立管のベートーヴェン第4番&第7番(1982.5.3Live)を聴いて思ふ

カルロス・クライバーは、観る指揮者である。
彼の、優雅な、流れるような、そして蝶が舞うような指揮姿は唯一無二。
しなやかなリズム感、まるで宙から音を拾いつつ、楽の音を紡ぐ指、腕、そして身体全体で反応する抜群の身体感覚、それらは決して人後に落ちないものだ。

あらためて、カール・ベームが亡くなった翌年の、ベーム追悼記念コンサートの実況録音を聴いてみると、確かに推進力、そして燃焼度の高い音楽がそこにある。しかしながら、音だけに集中しているせいもあるのか、どうにも粗が目立ち、時に感興を削ぐ瞬間があるのも事実。カルロス・クライバーのパフォーマンスはこんなものではなかったはずだと、遠い記憶を頭の片隅から喚起してみると、音楽そのものの記憶は相当薄れているものの、人見記念講堂での華麗な姿だけはくっきりと目に浮かぶ。先んずるのが音よりも、あの指揮する姿だとは。やはり彼は、観る指揮者なのだ。

1986年5月の、バイエルン国立管弦楽団との来日公演(ベートーヴェンの第4番&第7番。アンコールは「こうもり」序曲&「雷鳴と電光」)は、実に素晴らしかった。再び彼の指揮する姿を見られると思っていた1992年3月のウィーン・フィルとの来日公演を、クライバーは直前にキャンセルした。またいずれその機会は来るだろうと僕は意外に軽く考えていたが、結局その日は永遠に訪れなかった。

・ベートーヴェン:交響曲第4番変ロ長調作品60
カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団(1982.5.3Live)

まさに血沸き肉躍るベートーヴェン。怒涛の終楽章アレグロ・マ・ノン・トロッポ!潔く流れるようでありながら驚くほど深遠な第2楽章アダージョ。交響曲第4番がこれほどまでに激烈、果敢な音楽だったとは。
ちなみに、「噂のクライバー」と題する千勝泰生さんの、当時の「レコード芸術」誌上のレポートには以下のようにある。

これに先立つ5月2,3の両日には、クライバーはミュンヘンの国立劇場でバイエルン国立歌劇場管弦楽団を指揮、ベーム記念演奏会を開いている。プラグラムはベートーヴェンの第4と第7交響曲。「演奏終了後、静まり返った聴衆はしばし拍手ができなかった。急に一人の女性が絶叫した」。アンコールは「トリスタンとイゾルデ」前奏曲。
~「レコード芸術」1982年8月号(音楽之友社)P219

そして、ここで千勝さんが採り上げた南独新聞のヨアヒム・カイザー氏の、「生涯記憶に残る演奏」と題する評には次のようにあるのだ。

クライバーの演奏は、過去の偉大なベートーヴェン解釈と並べて遜色がない。精神性、つまり内面からほとばしり、ついには爆発する炎だからである。若々しい力の充溢があり、確固たる足どりで発展を続けてきた指揮者にのみ、このような完成が可能なのである。(中略)終止和音のあと、長い、何かに憑かれたような沈黙が場内を支配した。一人の夫人が叫び声をあげた。冬のように寒いということのほかは、なんら変わったことのない、82年5月のある日曜日のお昼に、ベートーヴェンの音楽が我々をこれほどまでに打ちのめし、震駭させえるのだ、ということに驚かされたような叫びであった。
~「音楽現代」2007年3月号(芸術現代社)P84

厳密には、残された録音の前日、つまり、5月2日のマチネーに対する絶賛の言葉であるが、当録音の演奏もこれに優るとも劣らぬものだろうと思う。

・ベートーヴェン:交響曲第7番イ長調作品92
カルロス・クライバー指揮バイエルン国立管弦楽団(1982.5.3Live)

ミュンヘン国立劇場での、コンサートの凄まじさが、また、待ちに待ったであろう聴衆の熱狂までもが如実に伝わるライヴ録音(願わくば映像が欲しかった)。恐るべき緊張感。快速の、動的なベートーヴェンが明朗に、そして愉悦を帯びて鳴り渡る。何という切れの良さ。変幻自在、縦横無尽の棒が、ワーグナーの言う「舞踏の聖化」を見事に描き切るのだ。純白の第2楽章アレグレットはさらっと、しかし、熱量高く。終楽章アレグロ・コン・ブリオは、猪突猛進、前のめりの、それでいてニュアンス豊かで、音楽性満点の響き。
やはり聴衆は歓呼、絶叫する。

クライバーの場合、躍動するのは音楽だけではない、指揮も躍動する。彼自身が音楽の中にどっぷりと浸り込み、音楽と一緒に呼吸し、飛びっきりの敏捷さ、反射能力を駆使しながら、自分の音楽をオーケストラ・メンバーに伝えようとする。勢い、そのダイナミックで激しい動きにシャッタースピードがついて行かない。そして、出来上がった写真には、まさに浮遊する「音魂」だけが残る。
田中良幸「音魂」
「カルロス・クライバー—木之下晃写真集」(アルファベータ)P73

浮遊する「音魂」だけが残るとは明言なり。

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