デュトワ指揮フランス国立管 ルーセル交響曲第1番「森の歌」(1985.6録音)ほかを聴いて思ふ

暗く、虚ろだが、官能のうねり。
その音楽に内在する、人びとを感化する負の力は実に大きい。
冒頭のあまりの暗澹たる混沌。
しかし、音楽は徐々に不穏な空気から解放されていく。いつの間にか淀みが晴れ渡るのである。
人間が、良心を取り戻した瞬間の、大いなる啓蒙。
すべてが調和に向かっているのだと気づいたとき、すべてが幸福に包まれる。

アルベール・ルーセルが、文豪レフ・トルストイの傑作「復活」にインスパイアされ、生み出した交響的前奏曲が意味深く、また美しい。

《これと同じことをわれわれもしているのだ》ネフリュードフは考えた。《われわれは自分の生活の主人は自分自身なのだとか、この人生はわれわれの享楽のために与えられているのだとか、愚にもつかない確信をいだいて生きているんだからな。そんなことは明らかにばかげているではないか。いや、われわれがここへ送られてきた以上、それは誰かの意志であり、何かの目的があってのことではないか。われわれはただ自分の喜びのために生きているのだと決めこんでしまっているが、主人の意志を実行しなかった農夫と同じように、われわれもひどい目にあうことは明らかだ。主人の意志はこれらの戒律の中に表現されているのだ。ただ人びとがこの戒律を実行しさえすれば、この地上に神の王国が樹立されて、人びとは到達しうる限りの最大の幸福を手に入れることになるのだ》
トルストイ/木村浩訳「復活 下巻」(新潮文庫)P368

ネフリュードフは最後に悟る。この世の真と仮を見極めていた晩年のトルストイの境地を、多少の甘さはあれ、見事に音化するルーセルの真骨頂(世紀末的退廃の色が濃い)。おそらく、トルストイが物語の冒頭に記した、自然に対峙する人類の貪欲の醜さからの真の脱却を表現しようとしたのだろうと僕は思う。

何十万という人びとが、あるちっぽけな場所に寄り集まって、自分たちがひしめきあっている土地を醜いものにしようとどんなに骨を折ってみても、その土地に何ひとつ育たぬようにとどんな石を敷きつめてみても、芽をふく草をどんなに摘みとってみても、石炭や石油の煙でどんなにそれをいぶしてみても、いや、どんなに木の枝を払って獣や小鳥たちを追い払ってみても―春は都会のなかでさえやっぱり春であった。太陽にあたためられると、草は生気を取りもどし、すくすくと育ち、根が残っているところではどこもかしこも、並木道の芝生はもちろん、敷石のあいだでも、いたるところで緑に萌え、白樺やポプラや桜桃もその香りたかい粘っこい若葉を拡げ、菩提樹は皮を破った新芽をふくらませるのだった。鴉や雀や鳩たちは春らしく嬉々として巣づくりをはじめ、蠅は家々の壁の日だまりのなかを飛びまわっていた。草木も、小鳥も、昆虫も、子供たちも、楽しそうであった。しかし、人びとは—もう一人前の大人たちだけは、相変わらず自分をあざむいて苦しめたり、お互い同士だましあったり、苦しめあったりすることをやめなかった。人びとは神聖で重要なものは、この春の朝でもなければ、生きとし生けるものの幸せのために与えられた、この神の世界の美しさ―平和と親睦と愛情に人びとの心をむけさせるその美しさでもなく、互いに相手を支配するために自分たちの頭で考えだしたものこそが、神聖で重要なものだと考えているのであった。
トルストイ/木村浩訳「復活 上巻」(新潮文庫)P6-7

トルストイから100余年を経て、ようやく人類の覚醒が始まった今こそアルベール・ルーセルだ。

ルーセル:
・ピアノ協奏曲作品36 L.44(1927)(1969.5.8&6.17録音)
ダニエレ・ラヴァル(ピアノ)
ジャン=ピエール・ジャキャ指揮パリ管弦楽団
・チェロと管弦楽のためのコンチェルティーノ作品57 L.72(1936)(1969.4.29録音)
アルベール・テタール(チェロ)
ジャン=ピエール・ジャキャ指揮パリ管弦楽団
・トルストイによる交響的前奏曲「復活」作品4 L.4(1903)(1986.6.18-19, 9.12&10.17-18録音)
ミシェル・プラッソン指揮トゥルーズ・キャピトール国立管弦楽団
・交響曲第1番ニ短調作品7 L.8「森の歌」(1904-06)(1985.6録音)
シャルル・デュトワ指揮フランス国立管弦楽団

アルベール・ルーセルの自然賛歌、シャルル・デュトワ指揮する交響曲第1番が素晴らしい。
第1楽章「冬の森」に表現される、スクリャービンを髣髴とさせる神秘的哀感。また、第2楽章「春」の、生きとし生けるものが活動を始める様を描く、鳥の囁きと森さざめく喜びの爆発。そして、第3楽章「夏の夕べ」の、安らぎの管楽器の音色に癒しを喚起され、終楽章「牧神と森の精」では、生きることへの希望が高々と歌われる。
デュトワは隅から隅まで感応する。何という色香だろう。

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