世界の調和-すなわち受容

mravinsky_hindemith.jpg世の中不穏な空気でいっぱいだ。昨日ちょうどYと待ち合わせをしていた頃に秋葉原では例の無差別殺人事件。信じられない犯罪があちこちで起こっている。
こういう犯罪を起こす人間の特徴は、「大人しくて目立たない性格」であること。時に激昂することがあるということ。おそらく人生脚本をひもといていくと幼年時の受容が不足していたり、家庭内での不調和-つまり「愛情不足」がみられるだろう。
結局、育っていく過程で人は人から愛されるという経験を十分にすることが望ましいのだ。物理的にも精神的にも「受け容れられる」ということが大事なのである。

夕方から東京でも雷が鳴り響く。こういう雷雨はおそらく浄化の意味合いもあるのだろうが、つまるところ不安定な人心を鎮めないことには世の中の状況は一変しないのではなかろうか。
親が子に与える影響、上司が部下に与える影響、そして人間関係から受けてしまう影響-いろんな意味で人はお互いに影響を及ぼし合っている。どうせ与え合うならプラスがよかろう。心を安定させることが大事である。

ヒンデミット:交響曲「世界の調和」(1951)
エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮レニングラード・フィルハーモニー管弦楽団

第1楽章:楽器の音楽
第2楽章:人間の音楽
第3楽章:天体の音楽

ヨハネス・ケプラーを主人公にしたオペラの抜粋による交響曲。僕は若い頃、天文学や物理学、数学-いわゆる理系の学問は苦手だった。今もそれほど得意ではない。しかし、数字と宇宙の密接性や人間と宇宙の関係性を追求していくと興味を持たざるを得ない。ましてや「音楽」と「数学」の関連性を知れば知るほど、どうしても数学的思考をマスターしないと話にならないことがわかってくる。
そもそも「調和」という状態そのものが0(ゼロ)ということであり、その「0(ゼロ)」という状態がどういうことなのかを「知る」ことが重要なのだ(難しいかな?)。この「0(ゼロ)」とは何もないということではない。何ものにも影響を受けない「中庸」、すなわち「調和」なのである。

ムラヴィンスキーの音楽をひと言で表現するなら「0(ゼロ)」すなわち「空(くう)」である。刺激的な金管の咆哮と緻密な楽器バランスは究極の「真空」状態なのである。まさに「調和」。おそらく実演で聴くムラヴィンスキーの醍醐味は呼吸すらできない「真空」の妙味が体感できることなのかもしれないとヒンデミットの音楽を聴きながら考えた。

楽器は人間とも宇宙とも共鳴する。
やっぱり音楽が究極の「癒し」ツールになるのかもしれない。日々講座を開催したり、音楽を聴くにつれ確信が深まってきている。

※ケプラーの法則
第1法則 : 惑星は、太陽をひとつの焦点とする楕円軌道上を動く。
第2法則 : 惑星と太陽とを結ぶ線分が単位時間に描く面積は、一定である(面積速度一定)。
第3法則 : 惑星の公転周期の2乗は、軌道の半長径の3乗に比例する。
(ウィキペディアより)

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