
赤裸々な心情吐露のマズルカに対し、ポロネーズは、どちらかというと格好をつけた(畏まった?)、余所行きの(?)音楽のように僕には思える。外面的効果を狙ったその音楽は、(あくまで私見だが)嬰ハ短調作品44と「幻想」作品61を除いてやや浅い。おそらくマズルカは故郷に向けた、そしてポロネーズは大都会パリに向けた作品なのだろう。
当地の人はみんなただただコレラ恐怖です。—おかしいほどです。コレラにかからぬお札を売っています。果物はいっさいたべず、コレラの出た街をできるだけ避けて遠まわりしていきます。
(1831年7月16日土曜日付、ワルシャワの両親宛)
~アーサー・ヘドレイ著/小松雄一郎訳「ショパンの手紙」(白水社)P125
いつの時代も人々は目に見えないものに怖れや不安を抱く。感化され、負の影響を受けるショパンにとってそういうときの特効薬はポーランド夫人たちとの井戸端会議だ。「彼女らが真剣になってぼくの将来を期待してくれると、ぼくは元気になって、ヴィーンの気分から脱け出しはじめるのです」と彼は手紙の中で告白している。
パリには難なくはいれたが、ぼくには大ものいりだった。いろんなことを発見できて、愉快になっている。世界第一の音楽家がおり、オペラがある。ロッシーニ、ケルビーニ、パエールなどに会った。それで、きっと思ったより長くいることになりそうだ。ぼくにとって好都合な環境だからというのではない、だんだんと好転するだろうと思うからだ。
(1831年11月18日付、パリよりベルリンのアルフォンス・クメルスキ宛)
~同上書P132
青年ショパンの溌剌とした気が窺える。
しかし、一方で、パリという絢爛豪華な街に対しての不安の思いも同じ手紙の中でのぞかせる。彼はやはり田舎者であり、決して社交家ではなかった(ポロネーズに無理を思い、マズルカに自然体を感ずるのはそのせいか?)。
しかし、シュトゥットガルトやストラスブールのあとでこの大都会から受けたぼくの印象はまだ君に話していない。それは最大の華麗、最大の卑わい、最大の徳、しかして最大の悪徳である。一歩ごとに性病の薬の広告にぶつかる。喧騒、雑音、騒音、そして泥濘、君の想像を絶するばかりだ。この群衆の混乱のなかに人は没してしまい、またそのことがたいへん好都合のようにも考えている。だれがどのようにして生活しているのか尋ねるものはいない。冬に浮浪人のようななりをして歩きまわってもかまわないし、それで最上流の社交界に出入りすることもできる。
~同上書P132
僕はやはり故郷ポーランドに想いを馳せるときの、無垢なショパンが好きだ。
カツァリスの超絶技巧に舌を巻く。
そして、遺作から異稿までを網羅したポロネーズ全集に、初めて聴いたとき感動した。音に優しさがいっぱいなのである。それは、雄渾さというより慈悲。自然な流れの嬰ハ短調作品44が素晴らしい。それに、滅多に収録されることのない遺作や葬送行進曲が聴けることが嬉しい。
私は昔からショパンの作品を愛してきました。ショパンの天才性は人間の可能性を超越したものだと思います。超自然的といってもいい。ショパンは常にさまざまな事柄から高度なインスピレーションを受けていました。その質の高さは音楽のなかに充分に感じ取ることができます。ピアニストとして彼が使用していた奏法のバラエティの豊かさにも、信じられないほどの数がありますよ。これは銀河系の星の数にも匹敵するんじゃないかな(笑)
~シプリアン・カツァリス インタビュー
カツァリスは、愛するショパンの心の機微までをもとらえて音化する。全集を意図したこの企画が頓挫したことが返す返すも残念でならない。