
恵那山荘にエレーヌ・グリモーの初期のアルバムを持ち込んだ。
ブラームスのソナタ第3番作品5と6つの小品作品118。
青年期の色香満ちる佳作と最晩年の枯淡の境地を示す傑作のカップリングはエレーヌならでは。久しぶりに対峙したそれは僕の心をくぎ付けにした。何より大自然の呼吸と共鳴するブラームスの堅牢なる音楽の崇高な境地に僕は嘆息する。
ブラームスは、ロベルト・シューマンの予言通りもとより完成した人だった(少なくとも音楽的には)。一部の隙もない作品を、これほどまでに詩情豊かに、そしてまた瑞々しく演奏した人が他にいたのかどうなのか。とにかくどの瞬間も素晴らしく、手放しの賞讃しか送りようがない。
エレーヌは、ドイツものに特にシンパシーを感じるそうだ。中でもヨハネス・ブラームス。
確かに彼女の弾くブラームスは、個人的な愛着を横に置いたとしても特別だ。
ソナタ第3番第2楽章アンダンテ・エスプレッシーヴォの憧憬は、おそらく彼女が幼少期に感じていた空想の中の一つのようにも思える。こんなにも情感豊かで幻想的な歌があろうか。あるいは、想いのこもった愛すべき小品作品118-2の慈しみに心が動く。自然の息吹を肌に感じ、エレーヌ・グリモーのブラームスに僕は再び涙する。