モーツァルトが書き散らした、というより、楽想を得ては完成されず、結果そのままになってしまった断片を集めた音盤。短いものでわずか14秒、長いものでも5分28秒、合計40曲という代物。しかし、モーツァルトの音楽はどんなものも飛び抜けた生命力と喜びが宿る。
やっぱり彼はもっと生きたかったのだろうと思う。
1994年7月某日、デュオ・クロムランクの二人が、ブリュッセルで心中したというニュースに僕は衝撃を受けた。あの可憐な、そして弾けるモーツァルトの小品を表現した二人が、またブラームスの濃厚な、そして枯れた交響曲を、透明感をもって見事に演奏した二人が、理由が何であれ自ら命を絶ったのである。
モーツァルトはわずか35歳でこの世を去った。
彼が遺した数多の音楽は、今も世界中で聴き継がれる。その意味で、モーツァルトは今も生きている。デュオ・クロムランクもまた、彼らの録音を通して永遠だ。何だかとても哀しいモーツァルト。それは、まるでデュオの悲惨な末路を予言するかのような断片ゆえなのか。
モーツァルトの天才を改めて思う。
断片、あるいは断章であるにもかかわらず、すべてが音楽的なのである。
そこにはクロムランク夫妻の息吹も聴こえるよう。このとき、彼らは生きていた。はっきりと呼吸をしていた。
楽しくまた悲しかりし時の
名残りの音わが胸にひびけば、
喜びと苦しみのこもごも至る中を
ただひとりわれはさまよう。
「月に寄す」
~高橋健二訳「ゲーテ詩集」(新潮文庫)P91
音楽は文字通り楽しい。そして、やっぱり悲しい。
おじゃまします。
デュオクロムランクを初めて知りました。
ゲーテの「月に寄す」は、友であったクリスティアヌ・ラスベルクの自殺が動機となって書かれたものだそうですね。そのことも初めてしりました。シューベルト作曲のD259のこの歌曲は、シューベルトの歌曲の中で一番好きな歌です。聴くたびに、口づさむたびに泣けてきます。岡本様のデュオクロムランクを悼むお気持ちが滲む詩なのですね。このCDを聴いてみたいと思います。ありがとうございました。
>桜成 裕子 様
シューベルトのD259は素晴らしい歌ですよね。また、ゲーテの詩が素晴らしいと思います。
デュオ・クロムランクについては30年ほど前はじめてブラームスの交響曲(2台ピアノ版)を聴いたとき感動して以来、ごくたまにですが取り出して聴いております。
今回のモーツァルトは玄人好みの選曲なので、ぜひブラームスの交響曲のCDも聴いてみてください。
岡本 浩和 様
ありがとうございます。ぜひ聴いてみます。