
大きな戦争が繰り返されるのだろうか?
1943年は、枢軸国(イタリア、ドイツ、日本)が劣勢に転じた年である。
戦争は、共悪業による大清算の最たるものだ。その意味では加害も被害もない。人類一人一人が意識変革を起こさない限り戦争は終わることはない。
鬼気迫る、戦時中のフルトヴェングラー。
10月半ばからは、例年どおりの演奏の仕事が、ウィーンを皮切りに、また始まります。それからまた、ぼくの生活に2,3の変化が生じるはずですが、それについては、貴兄からお便りをいただいたときに改めてお知らせします。2,3日前から、ヴィースゼーのほとり、ヴァルターとヒルデのもとに来ています。6月20日まで滞在のつもりです。夏に一度ドイツにいらっしゃいませんか?
(1943年5月30日付、ルートヴィヒ・クルティウス宛)
~フランク・ティース編/仙北谷晃一訳「フルトヴェングラーの手紙」(白水社)P124
フルトヴェングラーの言う変化とは、エリーザベト・アッカーマンとの結婚(1943年6月26日)のことである。彼は、少なくともプライヴェートでは幸せの絶頂にあったということだ。
・ベートーヴェン:交響曲第4番変ロ長調作品60
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1943.6.27-30放送録音)
聴衆不在の放送録音とはいえ、周囲の環境のせいか、あるいは戦時中の不穏な空気の中での演奏のせいか、フルトヴェングラーの気迫が違う。明日の我が身を考えてか、音楽への集中力、奉仕が半端でない、文字通り「一期一会」的な重量級の名演奏だ。
そして、同年10月から11月にかけてのピアノ協奏曲は一層熱の入る、極めつけのライヴ演奏が繰り広げられる。
・・・ぼくは、ベルリンとウィーンの間を絶えず行ったり来たりしなければなりません—しかし、まだこの先すべてがどうなるかは、誰が知りましょう。なんども思うのですが、母上はマンハイムの大爆撃の一部始終を目と鼻の先に経験され、よりによってマンハイムがえらい目に会うことになったのですね。幾人かの旧友に手紙を出しましたが、なんの返事もありませんでした。あの美しい古い劇場も焼け落ちてしまったのですね。
(1943年9月? 母アーデルハイト宛)
~同上書P124-125
どんな状況にあっても常に母のことを気遣うフルトヴェングラーの優しさが滲み出ている手紙だ。そして、彼は続けるのだ。
いつまたお便りいただけますか? ぼくは10月12日から(26日まで)ウィーンにいます。帝国ホテルです。一度はお便りいただけませんか? こういう苦難の時代には、ひんぱんに、なるべくひんぱんに便りし合わなければならないでしょう。
~同上書P125
苦難あればこその人と人とのつながりであり、また人の温かさ。
4ヶ月後のピアノ協奏曲が強烈だ。
・ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第4番ト長調作品58
コンラート・ハンゼン(ピアノ)
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(1943.10.31-11.3Live)
ピアノ独奏の提示部から管弦楽総奏に移っての覇気と推進力。
猛烈な精神が、音楽を包み込み、実に神々しいベートーヴェンを鳴らす。
一方、ここには剛毅さと併せて柔和さが宿る。確信的なフルトヴェングラーの音楽作りにハンゼンは見事に応えつつ、独自の方法でベートーヴェンへの愛を訴える(カデンツァの素晴らしさ!!)
ベートーヴェンは自己の内部に、完全で複雑な人間のすべてを蔵している。彼は真の意味において包括的である。彼はモーツァルトのように際立って歌唱的ではなく、バッハのように際立って建築学的・音響的ではなく、またヴァーグナーのように劇的・官能的でもない。ベートーヴェンは—これこそ彼の持ち味なのだが—同時にこれらの一切であり、それぞれの要素を然るべき場所で生かせている。しかし正しく考察してみるとき、これはまさに驚嘆すべき事柄である。すなわち音楽のヨーロッパ的な展開をあまねく見渡してみても、異なる要素である歌唱的なものと純構造的なもの、つまり柔らかさと堅さとが—両者の協力によってはじめて生きた自然の有機体が形成されるのだが—かくも自然に根ざした統合を見せている音楽は他に存在しないのである。また人間の身体を例にとって言うなら、生きた身体の皮膚、肉、骨がベートーヴェンの場合ほど有機的に自然な結合を見せている音楽はどこにも存在しない。この音楽を貫く狂暴な力にもかかわらず、ここには神聖な冷静さともいうべきものが支配し、それは音楽をすべての有機的存在の法則に従わせている。ベートーヴェンの音楽は爆発的であり、人間の体験が耐えうるかぎりの恍惚をたたえているが、異常な興奮は微塵もうかがわれない。
「ベートーヴェンの世界的価値」(1942年)
~フルトヴェングラー/芦津丈夫訳「音と言葉」(白水社)P199-200
ベートーヴェンへの手放しの賞讃がそのまま音と化したピアノ協奏曲第4番ト長調は、同じくフルトヴェングラーの気迫に感化された若きコンラート・ハンゼンの見事な独奏が聴ける(それこそ柔らかさと堅さが見事に統合された屈指の名演奏)。
オーケストラとピアノが溶け合い、完璧に同期する。
