リリー・クラウス シューベルト 即興曲変ホ長調作品90-2 D.899(1948.5.13録音)ほか

リリー・クラウスのピアノはいつの時代も温かい。
詩情豊かなその音色は、古い録音からも憧憬と希望が感じとれるほど素敵だ。モーツァルトは断然素晴らしい。もっとも、シューベルトについては最高だ。

1816年、シューベルトは日記をつけ始め、一人孤独なその心に浮かぶ風変わりな思いを書き留めた。「人類は信仰を携えてこの世にやってきた。信仰は知識や理解よりもはるか上位にある。それは、何かを理解するには、まずはじめにそれを信じなければならないからだ。理由とは信じたことを分析したものに過ぎない」。貧困で苦況の中にいた時は、こう書き残している。「人間はつぶやきもせず不幸を耐え忍ぶが、その不幸をより痛切に感じている。それなのになぜ、神は我々に憐れみを与えて下さるのか?」別の機会には、こう書いている。「この世は舞台に似ていて、人間は各自その上で何かの役を演じている。この演技に対して、称賛か非難が来世で待ち構えているのだ」。日々出会う困難は、シューベルトの切望を神に向けたのかもしれない。「私は時々、自分がこの世のものではないような気がする」と述べている。
パトリック・カヴァノー著/吉田幸弘訳「大作曲家の信仰と音楽」(教文館)P79-80

これらはアルフレート・アインシュタイン他による伝記などから引用した、いわゆる二次資料的な記述ゆえ信憑性は定かでない。しかし、もしこれが事実だとするならば、19歳の少年は、すでに世界の、宇宙のからくりがわかっていたように見える。果たして彼が31歳で夭折せねばならなかったのも頷けるというものだ。

モーツァルト:トルコ行進曲(1933録音)
ショパン:ワルツ第14番ホ短調遺作(1933録音)
シューベルト:
・ピアノ・ソナタ第14番イ短調作品143(遺作)D784(1823)(1937.11.23録音)
・レントラー作品18 D145(1937.11.26録音)
・高貴なワルツ作品77 D969(1826)(1938.8.23録音)
・即興曲変ロ長調作品142-3 D935(1827)(1948.5.5録音)
・即興曲変ホ長調作品90-2 D899(1827)(1948.5.13録音)
リリー・クラウス(ピアノ)

音の移ろいが実に美しい。戦後の録音である(最晩年作)2つの即興曲の、玉を転がすようなニュアンス豊かな歌よ(1960年頃にテレビ放映用に収録された演奏も素晴らしいが、クラウスのシューベルトはすでにこの時期から美しい様相を呈していたことがわかる)。

Lili Kraus plays Schubert (on TV) Impromptu in E flat op.90-2 D899

あるいは、クラウス初のレコーディングとされるモーツァルトもショパンも絶品だが、何より戦前に収録されたシューベルトのソナタの魅力。短調作品はモーツァルトのそれ以上に陰鬱であり、物憂げだ(特に、第1楽章アレグロ・ジュストの、クラウスの表現は確信に溢れていて見事)。作曲当時、26歳の青年は何を思ったのか? そして、第2楽章アンダンテの束の間の愉悦にも、また終楽章アレグロ・ヴィヴァーチェにも心なしか苦悩の色が感じとれ興味深い(何と厳しい音楽なのだろう)。

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