カエターニ指揮ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ響 ショスタコーヴィチ 第7番「レニングラード」(2000.12Live)

マクシム・ショスタコーヴィチの言葉。

僕たちが小さかったときには、よく父に「ねえ、僕たちの知っている誰々さんや誰々さんはどこへ行っちゃったの?」って聞いていましたね。父はただ一言「あの人はロシアで資本主義を復活させようとしてたんだ・・・」と言うだけでした。しかし、もう少し大きくなると、状況がわかるようになりました。父の姉の夫フセーヴォロド・フレデリックスは逮捕されて、獄死しました。それで、僕たちの伯母である彼の妻マリアはレニングラードから追放されたんです。母方の祖母ソフィア・ヴァルザールも逮捕されたことがありますし・・・。
30年代から始まってスターリンが死ぬまで、ショスタコーヴィチは逮捕と獄死の恐怖にさらされて生きていたんです。体制への忠誠心も、天賦の才能も、それを防ぐことはできなかった。

ミハイル・アールドフ編/田中泰子・監修「カスチョールの会」訳「わが父ショスタコーヴィチ 初めて語られる大作曲家の素顔」(音楽之友社)P67-68

彼の音楽の深部に刻印される「暗黒の様相」は、終始一貫する恐怖心からの発露であることがわかる。経験のない僕たちには想像を絶する当時のソヴィエト社会主義共和国連邦の闇。創作活動に極端な制限をかけられた天才の阿鼻叫喚が聴こえる。

以前、上野で聴いたオレグ・カエターニ指揮東京都交響楽団によるショスタコーヴィチは、実に壮絶だった。そこには苦悩が垣間見られる一方で、制限から何とか抜け出そうとする意志と、何とか抜け出せるかもしれないという希望が見られた。カエターニの演奏には生きる意志がある。

・ショスタコーヴィチ:交響曲第7番ハ長調作品60「レニングラード」(1941)(2000.12Live)
オレグ・カエターニ指揮ミラノ・ジュゼッペ・ヴェルディ交響楽団

暴力的なまでに荒れ狂う音響に背筋が凍る。
一方、元々「祖国の大地」と標題が付されていた第3楽章アダージョに感じられる抒情に涙がこぼれる。何という愛、何という喜び。

再びマクシム・ショスタコーヴィチの言葉。

僕はどうしてだか、リハーサルのことはちっとも覚えていないんです。でも初演の日のことは胸に焼きついています。《交響曲第7番》に完全に魅了され、心を揺さぶられてしまって。第1楽章の襲来のテーマ。避けることができない何か忌まわしいものの接近。その頃僕とガーリャには信心深いパーシャという子守りがいました。その晩この曲は僕の夢の中にも出てきて・・・遠くの方で聞こえていた太鼓が、だんだん近づいてくる・・・どんどん大きく、大きく、大きく。僕は悪夢の恐ろしさに目を覚まして、パーシャのところへすっとんでいきました。するとパーシャは十字を切って、僕のために静かに祈ってくれたんです。
それから、その初演の日にもらったチョコ菓子のおいしかったことも忘れられません。

~同上書P20-21

音楽の記憶は、そのものの記憶以上に、そのときの出来事に見事に呼応する。特に子どもにとってそのことは明瞭だ。果たしてチョコ菓子の甘さと交響曲第7番の官能がいかように結びついたのか興味深いところだが、ガリーナは次のように語る。

あの頃はたいへんな食糧不足でしたものね。そのチョコ菓子の味をマクシムが忘れられないのはそのせいもあるでしょう。普通の人はきっと、ショスタコーヴィチの子どもがひもじい思いをしてるなんて、とても信じないでしょうけれど、クイブイシェフの疎開先には、父を頼って親戚一同がやってきていたので、父ひとりで皆を養うのは並大抵でなかったのです。
~同上書P21

ショスタコーヴィチの音楽に底流するポピュラリティーは、多くの親戚たちを養わなければならないという彼の責任感から生まれたものであることは間違いなかろう。音楽の価値は人気を獲得してこそ。終楽章アレグロ・ノン・トロッポの解放感はいかばかりか。カエターニが咆える。カエターニが祈る。生々しい(興に乗った)名演奏だ。

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