ブレンデル リスト 「巡礼の年 第2年イタリア」(1986.3録音)

歴史はやっぱり繰り返すのだろうか。
歴史を表裏全体俯瞰すれば、そこには大いなる智慧があろう。

40年6月20日。
さて私が怒るのは当然のことだろうか?今日も彼の振る舞いと言葉の軽薄さゆえに、わたしはただ一つの誇り、ただ一つの自尊心がたえず傷つけられて、私は苦しんでいる。虚栄心の苦痛と彼は言うのだろうか?いやはや彼の愛の証にこそわが驕りがあったとしたら、それを彼が非難するのだろうか?彼がいつか言っていたように、望みさえしたら私はその証を栄光の冠とし、私を憐れんでいる女たちがそれを羨みもしたであろうに。

マリー・ダグー著/近藤朱蔵訳「巡礼の年 リストと旅した伯爵夫人の日記」(青山ライフ出版)P320

気性激しい男女の、ヴェネツィアでの対話。
フランツ・リストは言う。

あなたは僕の言葉を覚えていたけれど、たぶん様々な状況で自分が言った言葉は記憶に残らなかったようですね。僕の方はどんなに忘れようとしても忘れはしなかった。思い出すことができれば、それが不可解だと思えることの多くを説明してくれるでしょう。不可解なのは、何か説明のつかない誤解が僕たちの間で今日までずっと続いてきたせいなのです。
~同上書P320

過ちを犯した男との言い訳から生ずる勝手な、体のいい戯言のように聞こえるが、マリーにも見栄というか、過剰なプライドがあり、それが無意識にぶつかったのだろうと思う。

その人生は苦しかった。しかし私は心の中で愛がともした神聖な火の輝きを守っていた。
ひどい病気がぶり返した。ある日、すべてを再建した後で全て破壊してしまいたいというどうしようもない欲求に(捉えられた)。

~同上書P321

フランツ・リストが西洋音楽史上、初のリサイタルを開いたのはその1年ほど前(39年3月8日、ローマにて)のこと。彼には野心があった。正直、おそらく愛人どころではなかった。子どもについても同様だろう。愛人との不和を余所に、彼は外界に刺激を受け、新たなる音楽をいつも創造した。
そこにはダンテの「神曲」やフランチェスコ・ペトラルカの詩があった。あるいは、ラファエロやミケランジェロの絵画があった。

リスト:「巡礼の年 第2年イタリア」S161(1838/58)(1986.10録音)
・婚礼
・もの思いに沈む人
・サルヴァトール・ローザのカンツォネッタ
・ペトラルカのソネット第47番
・ペトラルカのソネット第104番
・ペトラルカのソネット第123番
・ソナタ風幻想曲「ダンテを読んで」
アルフレート・ブレンデル(ピアノ)(1986.3.24-26録音)

俗物フランツ・リストの心象風景には、必ず信仰が反映される。
彼の内には間違いなく玉石分班、精神の動静が常にあったように思われる。中で、過去の芸術作品が与えた影響は実に大きい。

日は傾けり、仄闇き空は地上の生物をその労苦より釋けり、たゞ我ひとり
心をさだめて路と憂ひの攻めにあたらんとす、誤らざる記憶はこゝにこれを寫さむ
あゝムーゼよ、高き才よ、いざ我をたすけよ、わがみしことを刻める記憶よ、汝の
徳はこゝにあらはるべし
我いふ、我を導く詩人よ、我を難路に委ぬるにあたりてまづわが力のたるや否やを
思へ

ダンテ/山川丙三郎訳「神曲(上)地獄」(岩波文庫)P19

リストは自身の葛藤を創造物に読み込んだのかどうなのか、大曲「ダンテを読んで」がブレンデルによって堂々と、しかも色香をもって奏される様に心が動く。
ブレンデルのピアノは静謐だ。一点の曇りなく、淀みもない。第1曲「婚礼」での麗しき美しみの心。恋の甘美さとそれゆえの苦悩を歌う第4曲、第5曲、第6曲「ペトラルカのソネット」の官能。

麗しい貴婦人のみなさま、あなた方もご存知にちがいありませんが、死すべき命の持主である人間の知恵は、単に過ぎ去った事柄を記憶に留めたり、眼前の事柄を熟知するだけでなく、これら両者を通じて、未来の事態を予見することこそ最も偉大な知恵である、と英明な人びとによって讃えられてきました。ご承知のように、明日でもう15日になろうとしていますが、わたしたちはおのれの命と健康とを守るために某かの慰めを得ようと、あの疫病の荒れ狂うフィレンツェを出て、わたしたちの都に絶えまなく襲いかかってくる、苦しみと悲しみの憂いを避けてきたのでした。この行為を、わたしの判断によれば、誠意をもってわたしたちは実行に移してきたのです。なぜなら、わたしの見方が正しいとすれば、あまりにも面白おかしい物語や、なかには欲情をそそるような話題が、わたしたちのあいだで語り継がれてきたとはいえ、そして一貫して食事を取り美酒を酌みかわし楽器を奏で歌を唱って過ごしてきたとはいえ(これらはみな脆弱な精神にとっては、欲情をそそり、あらぬ方へと赴かせてしまうものばかりですが)、わたしとしてはいかなる一つの行動も、一つの言葉も、一つの事柄も、非難されるべきものとして、あなた方の側にもわたしたちの側にも認められなかった、と信じているからです。一貫した誠意、一貫した協調、一貫した友愛、これらが、わたしたちのあいだには認められ、感じられてきました。このことは、あなた方やわたしのためには名誉であり有益であったという点において、疑いなく貴重きわまりないものです。
ジョヴァンニ・ボッカッチョ/河島英昭訳「デカメロン 下」(講談社文芸文庫)P333-334

音楽には悲しみも喜びもある。もちろん神も悪魔も宿るといわれるが、髪も悪魔も本来は一体。ただし、フランツ・リストの信仰はあくまで善悪二元の中。激しさと静けさの中に垣間見える愛。リストはマリーを本当に愛していたんだと思う。

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