ハイティンク指揮ロンドン・フィル ショスタコーヴィチ 交響曲第1番(1980.1録音)ほか

思想に偏らない、洗練のショスタコーヴィチ。

この1917年10月を発端とする革命は、かつてないほど持続した革命であった。イギリス革命もフランス革命も幾度もの革命と反動期との交替を経験しなければならなかったが、ロシア革命は1991年に決定的な終結を迎えるまで、「反動勢力」によって転覆されたりはしなかった(歴史的連続)。しかしながら、現実に建設された秩序は、一般にスターリン主義と呼ばれる全体主義的独裁国家であった。この体制を痛烈に批判したトローツキイの著書が「裏切られた革命」と題されるように、革命は当初の理念を逸脱していった(革命的断絶)。そして、その理念も問われているのが現在である。だが、全否定するのではなく、別の選択肢の可能性を信ずるでもなく、まずはその限界を定める試みがなされるべきであろう。
「ショスタコーヴィチ大研究」(春秋社)P31

歴史的にはいまだ封印されていようが、おそらくそこには黒幕の存在があり、ある意味レーニンもトロツキーも、否、スターリンでさえ踊らされていた可能性もなきにしもあらずだ。ショスタコーヴィチのいわゆる「証言」が、もはや信憑性の確かでないものとされる現在においては、歴史のすべてが茶番に見えなくもない。
ことショスタコーヴィチにおいては、政治や歴史の知識を前提とした演出はナンセンスなのかもしれない。録音当時、全世界に新境地を示したベルナルト・ハイティンクの全集は、まさに純音楽的な、作曲者の真の意図を音化した最高の演奏の一つだろうと僕は思う。

ショスタコーヴィチ:
・交響曲第1番ヘ短調作品10(1925)(1980.1.15&16録音)
・交響曲第2番ロ長調作品14「10月革命に捧ぐ」(1927)(1981.1.25, 27&28録音)
ロンドン・フィルハーモニー合唱団(合唱指揮:ジョン・オールディス)
ベルナルト・ハイティンク指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
・チェロ協奏曲第1番変ホ長調作品107(1959)(1984.4.2&3録音)
リン・ハレル(チェロ)
ベルナルト・ハイティンク指揮ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

レニングラード音楽院卒業作品である、作曲者19歳の時の革命的傑作交響曲第1番は、ハイティンクの棒により冷静でありながら一層新鮮で衝撃的な演奏が繰り広げられている。

1926年という年は、さらにもうふたつの記憶すべき体験をもたらした。ふたたびロシアに行き、レニングラード・フィルハーモニーにおける一連の演奏会と、以前のマリア劇場におけるオペラ上演を1回だったか2,3回だった指揮したのである。曲目は私の間違いでなければ、チャイコフスキーの「スペードの女王」であった。ニコライ・マルコから20歳になるディミトリィ・ショスタコヴィッチの話を聞かされ、彼が自作の「第一交響曲」をピアノで弾くのを聴いてやってくれと頼まれたのも、このときであった。作品および作曲者から受けた印象は強烈だった。そしてすでに触れたように、その後まもなく私はこの作品をベルリンでとりあげたのである。
内垣啓一・渡辺健訳「主題と変奏—ブルーノ・ワルター回想録」(白水社)P371

ワルターの回想を読むにつけ、ショスタコーヴィチの交響曲デビュー作がどれほど革新的で、どれほど世界を揺るがしたかがわかる。初めてこの作品を耳にしたとき、僕はことに(強力なピアノの打鍵を要する)第2楽章アレグロに痺れた。また、第3楽章レントの暗い詩情にも、さらには、終楽章レント―アレグロ・モルトの熱狂にも憧れた(途中のティンパニ独奏の深み!)。ハイティンクは余計な思念を寄せ付けない。ただひたすら希望をもって、少年の暗くも憧憬に満ちる音楽を無心に表現するのだ。

そして、前衛の影響を正面から受けた、「10月革命」10周年を記念する交響曲第2番の器楽部ラルゴ―アレグロ・モルトの暗澹たるカオスから、革命の勝利を表す合唱による明快な終結部の対比が見事。

10月! これは待望の太陽の使者。
10月! これは起ちあがった歴史の意志。

(アレクサンドル・ベズィメンスキー詩/ウサミ・ナオキ訳)

リン・ハレルを独奏に迎えたチェロ協奏曲第1番も出色。より暗い思念ほとばせる演奏が僕の好みではあるが、幾分大人しめの、整理整頓された演奏も、見方を変えれば美しい。例えば、第3楽章カデンツァの艶めかしい、しかし孤独な音調と、そして、終楽章アレグロ・コン・モートの喜びの解放!

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