マイスキー ティルソン・トーマス指揮ロンドン響 ショスタコーヴィチ チェロ協奏曲第1番&第2番(1993.8録音)

憧れと永遠の感謝を込めて、我が偉大なる師ムスティスラフ・ロストロポーヴィチに捧ぐ。
~ミッシャ・マイスキー

ロストロポーヴィチに献呈された2つの傑作協奏曲が、師への感謝と尊敬の念を込めて演奏される様にそもそも僕は感動する。ここにも特別な感情はない。否、マイスキーの経歴からいうと何もないはずはないが、しかし、この録音は、あくまで偉大なる師に捧げられていて、鮮烈でありながら、純音楽的、ショスタコーヴィチの内面を見事に表現するものだ。
まずは、第1番変ホ長調作品107。

チェロ協奏曲に取りかかる数ヶ月前、ショスタコーヴィチはデニーソフを相手に、プロコフィエフの交響的協奏曲について長々と熱弁をふるったことがあった。この作品こそ、作曲家いわく、協奏曲を創作する刺激を与えてくれた源であった。ロストロポーヴィチは、プロコフィエフが晩年にチェロ協奏曲第1番を交響的協奏曲に書き直す際、積極的に手を貸していた。そのロストロポーヴィチにショスタコーヴィチは、その曲のレコードを持っていたが、何度も聴きすぎたため音が出なくなってしまったと、語った。ロストロポーヴィチには、ショスタコーヴィチの協奏曲とプロコフィエフの作品との結びつきがはっきりと認識できた。だが、最終楽章に出てくるグルジアの民俗的旋律「ソーリコ」の出だしのフレーズが、グロテスク風に歪められているわけはよく分からなかった。ショスタコーヴィチは、そこに「ロストロポーヴィチの注意を引くというひねくれた喜びを感じていたのであった。
ローレル・E・ファーイ著 藤岡啓介/佐々木千恵訳「ショスタコーヴィチある生涯」(アルファベータ)P275

ショスタコーヴィチの喜びは、いつでもひねくれたものであった。
そういう諧謔精神を見事に音化できるロストロポーヴィチに対し、マイスキーは少々真面目で大人しい。しかし、作品に対する尊敬の念が第1楽章アレグレットでの明快な演奏に刻印され、音楽の躍動感はむしろ師以上に溌剌とする。続く、第2楽章モデラートの、滔々と歌う(いかにもショスタコーヴィチらしい曲調の)虚ろな表情が素晴らしい。何より、決して暗黒に陥らないティルソン・トーマス指揮ロンドン響の音響に僕は感動する(何と明快な音楽よ)。ここでも第3楽章カデンツァの、意味深い大いなる憧憬が見事だ。マイスキーのチェロが泣く。そしてまた歌う。アタッカで続く、終楽章アレグロ・コン・モートにおけるチェロの妙技と、それを伴奏するオーケストラの前のめりの勢いが素晴らしい。

ショスタコーヴィチ:
・チェロ協奏曲第1番変ホ長調作品107(1959)
・チェロ協奏曲第2番ト短調作品126(1966)
ミッシャ・マイスキー(チェロ)
マイケル・ティルソン・トーマス指揮ロンドン交響楽団(1993.8録音)

一方の、第2番ト短調作品126は、第1楽章ラルゴ冒頭から何と幽玄な音楽が奏でられることか。マイスキーのチェロは決してうならない。むしろ、冷静に、また決然と音を出す。それでも弱音に込められたショスタコーヴィチ作品への愛情は誰よりも深いもののように僕には思える。

4月9日には3楽章まで書き終えていたが、第3楽章が「ひじょうにできが悪く」、そのためゼロから書き直すことにしたと言った。それから10日後に、彼はヤルタ近くのサナトリウムで治療を受けるため、クリミア半島に向かった。そして、その地で4月27日に新しいチェロ協奏曲を完成させた。ひじょうに長い3楽章形式の作品中、もっとも興味深い特徴として彼が挙げたのは、オデッサの短い俗歌『プレッツェル、プレッツェルはいかが』に酷似する主題が第2楽章、そして、第3楽章のクライマックスに現れることだった。しかし、なぜ入れることにしたか、彼は説明できなかった。だが、実のところそれには伏線があった。その4ヶ月前に、ロストロポーヴィチや他の隣人たちとジュコーフカで大晦日のパーティーをした際に、客たちは「私の好きなメロディー」というゲームに興じた。そのときほかの者たちが、ベートーヴェンやモーツァルトやチャイコフスキーのメロディーを選んだのに対し、ショスタコーヴィチは若かりし日々への郷愁にかき立てられたかのように、意外にもこの曲を挙げたのであった。
~同上書P319

ショスタコーヴィチは、芸術を高尚なものとは決してしない。むしろ、日常の、自分が幼少から口ずさんだような歌謡的旋律を引用し、大衆の心を惹きつけるのだ。
ところで、「苦悩から勝利へ」を地で行くような音調は、いよいよ先鋭的な終楽章アレグレットで解放される。何という懐かしさ。何という喜び。マイスキーは余裕綽綽と音楽を表現する。

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